2020年07月31日

隣の芝生の実態はよくわからない

全く見知らぬ人だけど、20年弱、愛読しているブログがある。
7人家族の真ん中で。

子育てで忙しい一方で嫁姑の確執があったようで、
それを自分の中で飲みこむために書き始めたブログだと私は推測していた

ところが、今年になってnoteにおいて
「7人家族の真ん中で。」では「描けなかったこと」が叙述されはじめた。
一話100円という有料であったが、長い間楽しませていただいていたので、
感謝と応援の気持ちで読者となっている。
(次回の20話で最終回らしい)


「描けなかったこと」というのは、双子の弟君たちの発達障害をめぐること。
弟君たちはすでに成人し、現在24歳。
随分落ち着かれたようだけど、幼少期、思春期と読んでいて胸が痛くなるほど、壮絶な毎日だったよう。

よって、ブログで描かれていたお姑さんやオバさんとのやり取りや介護は、実は苦労ではなく、
他者には想像できない大変な子育てのオアシスだったというのだ。

執筆されている女性は、その文章からも聡明で器用な方であり、
共に家族を支えてきたオットさんも、おおらかで素敵な方であることがわかる。



と、わかったように書きながら、noteを読んだ私はいたく反省をしている。
嫁姑問題介護問題のご苦労ブログと思い込んだ私の愚かなことよ。

言葉だけでは、隣の芝生の実態はわからない。
全ての事象が情報の非対称性であり、我々は本当のことは全く分かっていない。
アンゾフの部分的無知、サイモンの限定合理性が思い出される。
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夢中と依存

寝食を忘れるほど何かに夢中になることは、進歩や進化につながる。
かつ、その最中はアドレナリンがガンガン出て、幸せだ。

しかし、その夢中であるものが何かをきっかけに終わった時、もしくは無くなった時、
それは喪失感に代わる。
生きる目的や、生活の軸がそれだった場合、困惑する。

つまり、夢中と依存は紙一重ということだ。
これはどうしたらよいのだろう。

解決策としては、
夢中になる対象を複数持っておくことも考えられる。
一つを失っても他がある。
しかし、これは夢中であることと矛盾する。
あるいは、新たに夢中になれるものを即座に探す。
といってもそうは容易でないだろう。

人間がこの世に命を持って以降、
こうした夢中であることによる依存、その後の喪失感というものは存在したわけで、
先人たちはどうやって乗り越えたのであろうか。

そんなことを、夜明け前に目が覚めたので、考えていた。
だから宗教やら、哲学やらあるのでしょうが。
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2020年07月26日

主観と客観の差

日本一、否 世界一と自負する私の忘却力をもっても、
一週間くらい忘れられなかった不愉快なことが、少し前にあった。
後頭部にオリのように張り付いて離れなかったのだ。

今はもう忘れたというか、薄れた。

さて、先日、友人よりストレスが溜まっており、
少し話をしたいというので、拝聴したところ、
そのストレスが、冒頭に叙述した私の不愉快なことと同類だった。

「わかるー」と言いながら、
いうて、他人事。
眠っても忘れられなかった自分の不愉快なことが、
他者のことだと、たいしたことないと思える。

よって、
「わかるー、が、気にすることないよ」という自分がいる

同じことでも、主観と客観とでは大差ある。
ということがわかって、苦笑。



その不愉快なことは、命や人生に影響することではない。
きっと世の中には、もっと大変なことが多々ある。
そうはいえ、小さなことでも不愉快なことは不愉快。
きっと不愉快の根源は、自分の中の何かにあるのだろうけど。
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2020年07月24日

自由であることは自分で決めること

CSRを専門に研究していると、
責任と自由は共存というか、両者が必須であることは所与である。
加えて自由であることは、他者の自由も認めることである。
故に多様性(ダイバーシティ)の許容が必要になる。

(多様性を許容しましょう!と言いつつ、
 多様性を認めない人を認めないというのは、矛盾するね、
 とも考えられ、このトートロージーをどう考えるかは、私の今後の課題)

ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマン氏は
自由とは、
「個人の自立・自律に基づく。
 自由人は、他者が自分に何をしてくれるかを問わない。
 その代わり、自分の責任を果たし,自分の目標を達成するため、
 そして何よりも自分の自由を守るために、何をすべきかを考えるものである。」
と述べる。
 “Capitalism and Freedom”(1962)The University of Chicago Press
 [村井章子訳(2008)『資本主義と自由』日経BP社]

ハンス・ケルゼン氏は、
平等より自由が重要とし、
自由とは、個人が自分のことを自分で決定できること、と述べる。
『民主主義の本質と価値 』岩波書店 (2015)長尾 龍一他訳

NHK朝ドラ「ひよっこ」の主人公のみね子は、
「自由というのは 自分で物事を決めること」という。
(ちょっと違うか(笑))



多数が暮らすには、規律付けるために法制度も必要。
ただ法制度は絶対的正義ではないことも忘れてはならない。

私は責任をとりつつ自由でありたい。
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2020年07月20日

甘い生活 ではなく 地味な生活

昨日は日曜日にも関わらず、仕事で久しぶりに職場に出かけた。
書類作成など行おうと、早めに研究室に到着したら、
あるあるながら、デスクトップのパソコンが動かず・・・
Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

いつもは置いてあるノートPCも、自宅での遠隔講義のリスクマネジメントで
持って帰っており、代替も無い。
想定外のことが生じるのは、経営学では所与。
わかっているけど、なえーー
同期ラインに愚痴ると、優しいお二人はちゃんとご対応くださり、
ありがたいことだ。

そうはいえ、せっかくの久しぶりのシャバ。
朝も早くから、多くの人に会い、同僚ともなんだかんだと情報交換をし、
有意義な一日だった。
職場の皆さんはホントに良い人ばかりで、ありがたいことだ。

ただ、いかんせん虚弱体質。
シャバの空気に触れたこと、
移動距離が長いこと、
楽しかったけれど人疲れしたこと等より、
想定以上に疲労困憊したようで、今日はぐったりしていた。

研究室のパソコンは、内臓電池交換で息を吹き返したとのこと。
メディアセンターの素早いご対応、ありがたいことだ。


野口五郎さんは「甘い生活」という歌を歌ていた。
ご存知か?
調べたら1974年でした(笑)

他方で「地味な生活」を送っている私は、
ささやかなことで、ありがたさを感じる。
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2020年07月06日

スルーする力

ブランド物をシェアするビジネスを展開している
ラクサス・テクノロジーズ株式会社の児玉社長が、
FBで以下のようなことを書かれていた。

「100人に愛されようと欲張るからアンケートを取り、
 誰からも好かれない地獄のような「平均」を作り出してしまう。」
(中略)
「全員に愛されるものは作れない。傷付けずには愛せない。」

なるほど。
また、

‪「『先輩の助言を聞きなさい』と偉い人は言うけれど、
 これは正しいが完璧ではない。‬
‪ 『助言を無視する勇気も、持ちなさい』‬
‪ これもセットで伝えないといけないよね。」‬
(中略)
‪「‪おれたちは嫌われないものを作ってるんじゃない。‬
‪ たった一人に好かれるものを作ってるんだから。」

とのこと。


上記の書き込みが琴線に触れた。
ビジネスのモノづくりも然り、普通の人間関係も然り、
いろんな人が、批判や叱咤も含めいろんなことを言うので、
素直にそれを受け止めていると心が折れる。
全員に好かれる、ということは絶対無いのだから、
スルーする勇気も必要、と解釈。
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2020年04月07日

心がささくれ立たぬように

極力、テレビの情報番組は見ないようにしているのだが、
たまたま付けた時に聞こえてくコメンテータ役の人のコメントや、
たらたら眺めているSNS等で、
コロナ関係における他人の批判を耳にし、目にする。

なんとか皆で収束させないといけないけれども、
自分の正義を振りかざしての、他人の批判は気持ちよくない。
腰痛防止に短時間散歩するという私の行為も、ともすると批判対象になりかねない。

と、よく考えたら私も見知らぬ他者を批判する文章を書いている。
いかん!

最近の軟禁生活(散歩と日常品の買い物は行きます)で、どーも心がささくれ立っている。
お店や病院の人のちょっとした態度(カードを落とすなど)や、
言葉遣いに、いちいちイラッとする。
日頃は仕事で東奔西走しており余裕が無いので、
そんなことは気にならないし、すぐ忘れる。

いかん。

こういう時は美味しいもので、心のささくれに潤い注入。
大好きな仙太郎の和菓子。

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着色料も使っていない桜餅も超美味。

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桜餅の時期はもう終わるとのこと。
次は柏餅らしい。
5月5日の子どもの日に、コロナはどうなっているでしょうね。
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2020年03月15日

人生と顔つき

私の年代の女性に多いが、私は松田聖子ちゃんの大ファンである。
暇があればyoutubeで彼女の動画を眺めて、元気をもらっている。

写真や動画と言うのは恐ろしいもので、
若い頃から今までが如実に残る。
彼女のデビュー時、結婚時、アメリカ進出時、沙也加ちゃんが活躍し始めて、そして現在と
顔つきが全く違う。
メイクにもよるが、その時の心根のようなものが表れている。

一番きつい顔つきは、出産後にアメリカでの活躍を狙った頃。
20代後半から30代、40代前半頃までか。
なりたい自分に近づくために、模索した頑張りが、きつい顔つきになったのだろう。

気になって、いろいろ調べ(私も他にすることもあるだろうに)、ミーハーながら
当時のボーイフレンドの書いた暴露本まで取り寄せた。
『真実の愛』(1994)ジェフ・ニコロス著 ラインブックス

聡明な彼女は、アメリカでの活躍のために、語学留学をし、
アメリカに居を構え、そこで彼に出会ってということらしい。
男性側の振られた腹いせの暴露本ながら、そこにはまだ20代後半の彼女が、
仕事の責任、家族への配慮のために、忙しかったことがわかる。
特に仕事の責任は、私には想像できないほど大きい。
その中で、恋をしていたようだ。

結局、マスコミの知れるところとなって、会えなくなって、
でも彼は彼女に逢いたくて、無理を言って、The End ということらしい。
そして、自身もタレントとしてブレイクしたい彼は、
同書を書くことで名前を広めた、ということが推測される。

彼女からの手紙などもそのまま掲載しており、
本の出版は彼自身を低い位置に落としこんでしまった。
あまりにお粗末だ。
(その本を読む私もいかがなものか)
映画「ローマの休日」の新聞記者さんとは、全く異なる結果、ということだ。

それにしても、綺麗な衣装を着てライトを浴びてキラキラしているように見える聖子ちゃんは、
アメリカ進出は、結局うまくいかなかった。
(ピンクレディも然り)
そして恋愛や結婚には満たされなかったといえる。


現在、還暦近い彼女は、あれだけ伸びのあった声は出なくなって、
紅白では緊張で震えているほど。
多方で顔は穏やかで、可愛らしい。
コンサートもディナーショーも、昔からのファンで満員で、別格の存在。

向上心を持って、がつがつ生きている時も、
ある程度の満足感に満たされているも、
万事塞翁が馬。
などと、人の人生で考えている。
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2020年03月11日

あるある?

マスクと除菌用アルコールと、
ティッシュとトイレットペーパーとウェットティッシュが店頭から消えて久しい。

前者2つは医療用に必要だから、一般店に行き届かないのもわかる。
後者のティッシュなどは、店頭の棚が空になっての直後より、
メーカーの倉庫には山積みだから安心してください!のような情報が流布された。

ああ、そうかと安堵した。

我が家は、そもそも私が心配症で常に多めにストックしておくこと、
加えて、大ボケでストックが無いと思って、2月中旬に重複して購入したことにより、
この度の騒動で、あわてて買いに走る、ということはしなくてすんだ。

が、そうはいえ、ストックは無くなる。
まだ大丈夫だけれど、来週にはルーチンで買い足したい。
どんなものかなと、毎日、隣のビルのドラッグストアを
前の通りより覗くが、棚はからっぽのまま。

他の店はどうだろ?と気になって覗くと、
トイレットペーパーのパックが3つだけあった。

倉庫山積みは何?
メーカーから問屋に行って、小売り、小売りも各店舗に運送、だろうから、
ダイレクトに山積みされた商品が店に移動するわけでないことはわかるが、
問屋を中抜きして売るというビジネスモデルのアマゾンもずっと無い。

いつもは学校のお子さんは自宅、
企業の人も自宅勤務のスタイルがとられるなかで、
各家のトイレットペーパーの消費量も、そりゃ増えるさ。

お店に商品があること、
観客がいる中で試合やコンサートができること、
年間行事ができること、
こうした当たり前のことに感謝することを失念していたねと、
反省。

くしくも今日は3月11日。
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2020年03月06日

苦手なもの

学校関連の仕事は、三月というのは別れや旅立ちの季節。
何歳になっても、何度経験しても、これに慣れることが出来ず、
毎年毎回とても寂しい。

四月になると新たな出会いの季節が到来するし、
出会いも別れも、立場はその都度変わることより、
大きなルーチンでもあり、お互い様でもある。
そうはいえ、その諸行無常に慣れることができない。

私の苦手なもの=諸行無常  だなと改めて感じている。

昨今の新ウィルスで、この別れの季節の行事が、いくつも中止されている。
心の区切りをつける場が無い、ということだ。
仕方ない事とはいえ、なんとかならないのかな、とも思ってしまう。

今、こんな事言ったら非国民なのだろうか。
って、戦争が始まる時も、こんな感じなのだろう。

久しぶりに聴きたくなったミスチルの くるみ

♬出会いの数だけ別れは増える
♬今以上をいつも欲しがるくせに、変わらな愛を求め歌う
(歌詞 by桜井和寿)
posted by H.A at 08:05| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月05日

立春の季節

暦の上では昨日が立春。
今年は暖冬で、春を待ち遠しい感じが希薄な気がする。

そうはいえ、やはり立春は立春。
精神的に元気になる季節です。

それにしても人の少ない銀座。
かつ新型コロナウイルスにより、いろんなイベントが自粛かつ警戒状態。

本当の意味での立春が待ち遠しいですね。
posted by H.A at 23:20| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月01日

努力ができる力と、努力が実る幸運にあやかる

先般バッテリーのフォーラムで、ノーベル賞を受賞された
吉野彰先生の講演を拝聴。

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素人にもわかりやすいご講演でした。
真に賢い人は、難しいことでもわかりやすく説明してくださいます。

リチウムイオン電池を開発した20数年前は、同技術がこんななに活用されるとは
99%も思ってなかったそうです。
残り1%は、何か人の役に立てるかも、という気持ちがあったと。
その1%が花開いたとおっしゃっていました。

その後の懇親会では、名刺交換時に、握手も。

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吉野先生との握手で、
努力ができる力と、努力が実る幸運をおすそ分けいただきましょう。

ささ、2020年も2月になりました。
良い天気です。
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2020年01月26日

許すこと 寄り添うこと

子育てが終わった今、考えていること、以下。

先般、インスタを眺めていたら、
小さな我が子は
・(機嫌が悪くて心無い言葉を吐いてしまったとしても)
 親を許してくれる
・(そんな不完全な)
 親に寄り添ってくれる
のようなことが書いてあった。

ああ、そうだ。
子どもをもって感じる充足感、満足感は、
こうした我が子からの無償の愛によるものだ。

親と言うのは勝手なもので、
仕事が忙しい、家事で忙しいといっては子どもに我慢を強いる。
そのくせ、休みが取れたといっては「遊んでやる」という。
どこかに「連れて行ってやる」と言う。
自分が子どもにしてあげていると思うのだ。

親の我が子に対する態度や考え方を友達との関係に当てはめれば、
いかに自己中心的であるかがわかる。
もちろん生活をしないといけないので、働いて稼がねばならないのは当然だけれど、
考え方は別物だ。

そうこうしているうちに、子どもは成長し、自立する。
自分の世界を持つ。
親から巣立ち離れる。

小さなころに親に与えてくれていた純粋なまでの
・許してくれる
・寄り添ってくれる
が徐々に失われていく。
成長と言う自然の摂理で仕方がないが、
親にとっては喪失感になる。

小さい頃に子どもが親に与えてくれた無限大の寛容は、
子育てに要した費用や時間、労力、気苦労では足りない。

親が子どもに生まれてきて、許してくれたこと、寄り添ってくれたことに
感謝しよう。
posted by H.A at 19:00| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月05日

年賀状といふもの

年賀状は、毎年早めに作成し、元旦に届くように整えていた。
ところが、このたびは、なんだかそうした気持ちにならず、
随分、不義理をした。

年齢的に、弔事により年賀状をご遠慮される友人知人も増え、
年賀状そのものをやめたとの意見も漏れ聞く。
だから、時流に乗って、私も、ま、いっかと思っていたのだが、
年賀状を書かないことは、いつも会えない人との「縁」を断ち切るようで、
どうにも寂しい。

年賀状だけでつながっている関係だからこそ、
年賀状を送ることに意義があるのではないかと思う、私は。
もちろん、日々会える人でも、年の区切りとして出すことも
意義ありだろう。

少なくとも年賀状文化で育ってきた私は、
忙しくても何でも、他の人がやめても、
やはり次回は、ちゃんと年賀状を作成して出そうと強く感じたお正月だった。
posted by H.A at 20:55| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月01日

2019お正月

2020年 おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

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今年の目標、自分の覚書のためにしたためたいと思います。
今を大事に、をキーワードにして。以下。

【研究】
・燃料電池、コーポレートガバナンス の2つの側面より研究する
・フィールド調査を行う
 (昨年、一昨年と体調不良で抑制していたので、今年は再開)

【教育】
・教科書 書きたいなあ

【プライベート】
健康一番。
第三の人生の始まりと捉えているので、
生活の仕方、余暇の過ごし方、友人との付き合い方、一人の時間を充実させたい。
と言うか、その方法を模索する。

総合的に、人として正しいことをしたいと思います。
いろいろご指導ください。

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2019年11月11日

絶対的なリスペクト

天皇陛下の即位を祝う「祝賀御列の儀」。
その様子をテレビで拝見した。
お優しそうな天皇・皇后陛下のお姿は素晴らしいのは当然として、
道路にじっと立っていたり、バイクで並走する警察の皆様の姿に感激した。
最期の箇所には自衛隊の皆さんもおられた。

私にはあの仕事はできない。
(誰も頼まないが)

微動だにせず立ち続ける能力が無い。
おそらくゴソゴソする。
もしくは寝入ってしまう。
起きていても、きっとにやける。

血を吐くような努力をすれば、なれるかもしれない職業はおいておいて、
どんな努力をしても、私にはできない仕事に就かれている皆様に
絶対的なリスペクトを感じた。
あのような皆さんに我々は守られている。

警備に就かれた皆さんは、昨日の夜はきっと、大仕事を終えた達成感に
包まれておられたことと思う。
お風呂でゆっくりなさったであろう。
posted by H.A at 09:28| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月27日

月星座

月星座というものがあるらしい。

一般に誕生月によって振り分けられる星座は、太陽星座というらしい。
私は二月生まれなので魚座だ。
生まれた時に、太陽がどこにいたか、によって決まるとのこと。
ひと月単位、ということになる。

他方で月星座は、生まれた時に、月がどこにいたか、によって決まる。
月は太陽よりも移動が細かくて、二日半が単位。
よって、より細かい設定となる。
誕生年、誕生月、生まれた時間で決まるらしい。

月星座を調べると(ネットで調べられます)、私は天秤座であった。
特色を読んでみると、あっているような気がする(単純なのでね)。
ちなみに、私に性格がよく似ている娘は、太陽星座は異なるが、月星座は同じであった。
1/12の確率なので、科学的な信ぴょう性の有無は別として、
どんな占いも、良く書いてある面のみ覚えていて、嬉しい気持ちになる、のように解釈している。


とはいえ、地球の干潮満潮の動きは、月の位置によってなされるもので、
地球に住む我々は、月から受けている影響は計り知れない。
女性のバイオリズムも然りである。

太陽によって我々の光の領域が保たれていて、
月によって目に見えない領域が守らていてる、ような気もする。

そんなこんなを、最近の自然の猛威の中で感じている。

さ、あなたの月星座は何か、調べてみるのもよいかも、日曜日だし。
posted by H.A at 07:59| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月23日

10月 ラグビーと野球と新しい時代

私の日常は特に何も変わりなく、地味な毎日を過ごしているが、
世の中はいろいろなことが起きている。
2019年10月の大きな出来事としては、
まずはラグビーワルドカップ2019が日本で開催され、
日本チームが躍進したことだろう。
ここに、わざわざ書くまでも無い。

ご多分に漏れず「にわか」ファン(?)として、ラグビーを観戦した。
もちろんテレビで。
ルールもよくわからないが、痛そうなのはわかる。
彼らも私と同じように、鍼灸やらマッサージやらのお世話になっているのだろう。
比較にもならないが、私も膝を痛めているので、共感する。
違うか!

そして昨日の10月22日は即位礼正殿の儀。
テレビを通してうかがえる天皇陛下の凛としたたたずまい
ご結婚時に、今や皇后さまとなられた雅子さまを
「僕が守ります」とおっしゃったあの男気は変わらないままのようで、
なんとも嬉しゅうございました。

そんな日本にとって記念すべき日の昨日、
私は出勤で、仕事がたまたま重複した忙しい一日だった。
階段を上り下りし、会議室と講義室を右往左往し、
まさに髪の毛を振り乱しながら過ごした。

神々しい雰囲気のニュースとは、真反対の生活だ。

そんな中、気になるのはソフトバンクとジャイアンツ。
ソフトバンク、強いね。
まもなく結果が出るのだろう。
昭和の巨人軍、令和のソフトバンクと、強者も遷ろっている。
posted by H.A at 20:38| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月13日

感謝の気持ちは忘れたころに実感する

私は、両親の子どもであり、娘の親でもある。
親側、子ども側、両方の気持ちを、その時々に実感する。

先日、仕事仲間と予定以上に日本酒を飲みかわした。
その際、子育て真っ只中の仕事仲間より、
私の子育て中のことを聞かれた。

あの頃(30代ね)は、仕事しながら週末は大学院に通っており、
(広島から東京までね)
娘もまだ小さくて、
仕事が遅いときは両親が家に来てくれ、
大学院に行く金曜日は、両親が自宅に連れ帰り、食事やお風呂までお世話になっていた。

ということを仕事仲間に話しながら、
あの頃(30代ね)は、自分のことで精一杯で、
両親がしてくれたいろいろをちゃんと認識できずにいたことに気づいた。

あ、そうだった、お父さん、お母さんは、なんだかんだを私を助けてくれていたんだな。
ということに、
あれから20年経って、ようやく気付いた。

となると、親としては、子どもの自由気ままな行動や発言は、
過去の我が姿であり、許容すべきことなのだなと思う。

そう思うけれども、できるかどうかは、また別。
あら、困ったな。
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2019年09月23日

通常であることの悦び

ストレスフリーな毎日を穏やかに過ごしている。
が、先日珍しく非常にストレスフルなことがあった。
ヘタレな私は、3日間不快な思いを引きずった。

回復したのは、そのストレスフルが無く、いつも通りに通常業務に取り組めた時。
通常であることの幸せを感じた。
ありがたいことだと思った。

先日のストレスフルなことには、そうした気づきを与えてくれたということだ。
万象皆師とはまさにこのこと。
感謝しなければならない、感謝感謝。





だからというのではないが、世の中にあるという三日連休の二週続き、
そうした連休が私には無くても、疑問に思わず仕事しよう・・・ちょっと違うか。

よし、後期が終わったら、長期休暇をとります。
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2019年09月14日

昨夜は中秋の名月

昨夜は中秋の名月で、今夜は満月とのこと。

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先般の台風では千葉県の被害が甚大。
せめて月の灯りが慰めになりますように。
早く日常が戻りますように。
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2019年09月10日

塞翁が馬

一昨日の台風は、結果的に千葉に大きな被害を及ぼした。
ゼミ生達に確認すると、未だ停電かつ断水のお家もある。
カーポートの屋根が飛んだというご自宅も。
とにかく被害が少ないようにと願うばかり。
他方で、別件で災害にあった某企業の方。
お見舞いメールを送ると、いつもと変わらぬ元気な返信メール。
きっと私の想像できない苦労があるだろうに。
万事塞翁が馬。
どうか頑張る彼らに、彼らの頑張りに報いるハッピーがありますように。
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2019年08月06日

鳳梨饅頭

広島県は呉のお菓子、鳳梨饅頭、いただきました。
久しぶりの、懐かしい味。

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そして今日は8月6日、原爆記念日。

広島ではおそらく、夏になるとすぐに原爆記念日特集が
テレビや新聞で組まれ、あの夏を考える空気ができていると思う。
広島を離れると、そうではないので、ふとそのまま過ぎてしまいそうになる。

広島生まれ広島育ちの私は忘れてはならんな。

戦争はダメ、絶対ダメ。
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2019年07月30日

金言 覚書

先日、同僚と、学生時代の留学の是非について話していた。

同僚曰く、
時間のある大学時代に留学することは大事だと、
しないと将来後悔をするであろうと。

というか、留学による経験効果も理解できず、
「後悔すらできない」かもしれない。と。

この「後悔すらできない」の言が琴線に触れたので、
ここにメモメモ。

後悔ばかりの人生も悲しいけれど、
できなかったことに価値を覚えるという域に達することもできないというのは、
もっと悲しい。ね。
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2019年06月30日

覚悟

吉本の芸人さんたちが、ここのところ立て続けに、闇営業による
反社会的勢力との接触云々が報道されている。

テレビに出ている人は自らを「芸能人」とし、
テレビに出ていない人を「一般人」と勝手に区分けし、
「一般人」を上から下に見ている感がある。
(先般お会いしたテレビに出ている女性は、
 私は「一般人」ではない、だからおばさんではない、と私に言っていた。
 理屈が意味不明)

上から見るなら、上から見るなりの覚悟がいる。
「一般人」が稼ぐ以上の報酬を得るには、
それなりの意味があるのだということに気付いてほしいものだ。
(島田紳助さんは、その覚悟を承知しておられたということだ)

同様の区分する言葉に、公務員が使う「民間」がある。
そこには「官」に属する人が、
「民」を上から下に見ている感がある。

やはり、上から見るなら、上から見るなりの覚悟がいる。
選挙で選ばれたわけではないのだから、
国民の下僕として、「民」のために粉骨砕身していただきたいものだ。


と、こんなことを書きながら
「先生」と呼ばれる立場の人は、「芸能人」やら「官」やらよりも、
もっと覚悟を持たねばならんな。
自分よりも年長者の方はいるのに、「先に生まれる」と呼んでいただいているのだから。


6月の終わりの独り言。
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2019年05月14日

真似る

ある程度大きくなったら子どもは(思春期以降ね)、
自我が目覚めて、概して親の言うことに耳を傾けないことが多い。
(もしかしたら、ずっと素直に言うとおりになさる人もいるかもしれませんが)

ただ、私が思うに、
親の言うことは聞かなくても、
親のすること、していること、してきたことは
いつのまにか同じようにしている。

掃除の仕方、ものの言い方、その他もろもろなどだ。
我が子の姿を視て、
我が姿が客観視でき、苦笑することはよくあるし、
改めて自分を認めることもある。

さて、いつもインスタで眺めている見知らぬ家族。
1歳半の女の子の顔が丸くてとても可愛いのだ。

パパさんが、その女の子に、その場で飛ぶジャンプを教えている。
リビングでジャンプの見本を見せているのだが、
ピョンピョンと二回飛んだところで、
近くに置いてあったおもちゃを踏んではいけないと、
パパさんが、すっと足で向こう側によせた。

すると1歳半の女の子は、ジャンプではなく、
足でおもちゃを動かすということを真似だした。

これはぶっと笑った。

子は親の言うことは聞かないが、
親のすることは真似る。

おもちゃをよける程度のことは可愛いが、
一事が万事、平生往生。
親は子どもが恥をかかないように、
日頃からちゃんとしとかないと、ね。
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2019年04月30日

昭和平成令和

自分は昭和の人間だと認識していたが、
よく考えれば
昭和よりは平成のほうが、生きてきた年数は長い。
平成に失礼なことを言ってたことになる。
平成の最後に、深謝したい。

振り返れば、1989年、平成元年に大学を卒業し、
社会人として働きはじめた。

私にとって昭和は、生を受け、親の庇護のもとで過ごした時代であった。
平成は、自立と共に始まり、
働き、結婚し、出産し、転職しと、人生のいろいろがあった。

となると明日からの令和は、何だろうか。
令和が終わるときに、何かがわかるのだろう。

きっと私は長生きするので、令和のその次の時代も、
こうして縷々とブログを書いているだろう。

あなたも私も皆皆が、ずっと平和に暮らせますように。

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2019年04月09日

秘せずは花なるべからず

他人のふり見て我が振り直せ で覚書。

話をしているときに、どんな話題でも
「私は」「私が」と、すべて自身を主語にして、話を置き換える人がいる。
そして、その話題は必ず自慢話である。
事実を述べているとはいえ、わざわざその話をなさるのか?とも感じる。

おそらく、自分がいかにすごいか、いかに頑張ってきたか、を
暗に知らしめたい思いがあるのだろう。
もしくは自信が無いか。

本当にすごい人は、わざわざ自ら情報開示などしない。
聞かれたら答えるくらいで。

という姿を拝見しつつ、
そういったことが気になるということは、
私も同じことをしているかもしれない、
しているだろう、
しているに違いない、と反省。
ちょーカッコ悪いわ。

元号もかわるし、少なくともカッコ悪い振る舞いはしないようにしよう。





ちなみに、当ブログでの情報開示についての考え方(というほど、たいそうなものでもなし)は、
過去にも書いています。
http://bouchukan.seesaa.net/article/311444312.html

あえて、読みに来てくださる方を対象としたブログなので、
このブログでの「カッコ悪い」叙述については、ご容赦くださいませ。
(FBでは読みたくなくても流れてくるからね。
 って、Twitterにリンクさせているので、Twitterから来た人、ごめんなさいよ)
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2019年04月07日

桜吹雪と父の命日

今日は父の命日。
二年前、桜吹雪の中、父をおくったことが思い出されます。
先日は家族と三回忌をおこないました。

義父が亡くなったのも四月半ば。
桜に緑の葉が芽吹いた頃でした。
今年で七回忌です。

こうして春に旅立つ、というのは、
ポジティブな季節の生命力の影響により、
送り出す方の寂しさが薄まるような気がします。


そして桜を見上げるたびに、思い出されます。
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2019年02月17日

3歳までに一生分の親孝行をする

インスタグラムでは、いろいろな情報収集をしている。
http://bouchukan.seesaa.net/article/461221581.html

楽しみの一つに、見知らぬ家族の可愛い赤ちゃんから1歳、2歳くらいの動画を眺める、
というのもある。
(お気に入りのファミリーがあるのだ)
見知らぬ他人のお子さんながら、可愛いばっかりだ。
親御さんは、目に入れても痛くないだろう。

他方で、3歳までに一生分の親孝行をする、という言葉が思い出される。

客観的に考えれば、
無邪気に可愛いのは、お子さんが親のコントロール内、
換言すればマネジメント内にある時期。

そのうち、自分の視野内にいたはずの子どもは、
親の認識を超えた動きをする。
親の知らないコミュニティで自我を目覚めさせ、成長する。

子どもはきっと中年になってもかわいいのだろうけど、
3歳までの可愛らしさ、というか、無心に親を求める無償の愛は、
成長と共に消失する。

それが親としては、ちょっと寂しい。
否、ずいぶん寂しい。

3歳までに一生分の親孝行をする、
昔の人の言うことは真理だねえ。
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2019年01月07日

禍福は糾える縄の如し

2019年も箱根駅伝は、なかなか壮絶だった。
今回の勝敗の結果はもちろん、ここに至るまでの長い人生には、
喜怒哀楽の連続があっただろう。
(青学も東海大学も、どちらの監督も、私と同い年のようだ。)

私の好きな言葉に「人間万事塞翁が馬」がある。
先日、テレビ番組「サワコの朝」での追悼として樹木希林さんの回が
流れていた。
樹木さんは「禍福は糾える縄の如し」を用い、
辛いことがあるから、ささやかなことを喜びとして感じることができる。
だから、辛いことや悲しいこと嫌なことというのは必要だ、
のようなことをおっしゃっていた。
「人間万事塞翁が馬」と同義である。

さて私事ながら、年末より、なんだかくさくさすることが続いていた。
(それ以上に、良いこともあるのに、心の中ではマイナスの方が存在感がある)

そんな中、年明けにふらっとよった三越に、
以前より気になっていた和菓子屋さんのお団子発見!
これは嬉しい。
羽二重団子

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即買い。
なんだか嬉しかった。
まさに「禍福は糾える縄の如し」だ。

その他の同義語は以下。
・浮世の苦楽は壁一重
・悲しみと喜びとは交互
・苦あれば楽あり
・沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり
・上り坂あれば下り坂あり
・楽は苦の種、苦は楽の種
・禍は福の倚る所、福は禍の伏す所

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2018年12月09日

12月の風景

12月になったと思ったら、すでに10日経った。
きっと、あっという間に夏が来る。

さて、そうはいえ12月。
我が家では、大きなクリスマスツリーを出すことはなくなったが、
ささやかにクリスマスゾーンでクリスマス気分を味わっている。

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また、文化・教養・芸術・グルメなど指南くださる師匠より、
季節の贈り物が届いた。
ありがたいことだ。
虎屋の羊羹の表装より、来年の干支が猪であることを知る。

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来年の干支を知らなかったということは、
つまり、私はまだ年賀状なるものに着手していない、ということだ。

年賀状を書くことをやめるという効率性は、
遠い昔からの日本の慣習や、
年賀状を届けることで暗に表す滅多に会わない友人知人親戚への
ささやかな接点を遮断するようで、
今一つ踏み切れない。

昭和の人間なので、忙しい、忙しいと言いながら、
これから年賀状を準備すると思う。

父が亡くなった時は、年賀状の準備ができず寂しかった。
人間なんて、勝手なものだ。
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2018年11月30日

マイ ホームタウン

仕事で新幹線で広島駅へ。

懐かしい「広島」が見えてくる。
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新幹線を降りるために、デッキに行くと、
私と同世代の女性と、そのお父様がおられた。

降り口が右か左かで、その親子と少し話した。
お父様はお足が悪いようで、女性が優しく声をかけられていた。
その様子を見ていて、父を思い出した。

もっと優しくしたらよかったなと後悔ばかりだ。
そして、私が若いころ親に放った言葉と同じことを、
今は娘から言われる。
泣き笑いだ。

「親孝行したいときに親は無し」はよく言われる言葉だけれど、
結局、同じ状況になる。
ささくれだっていた自分が、恥ずかしいような、今では愛おしような。

タクシーから眺める川の多い広島の街は、
色々なことをがスイートメモリーに変わったことを感じさせる。
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そんなこんなを考えながら
仕事を終えて、また新幹線に乗り、降り立った東京の街は
美しくて温かくて、ほっとする。
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故郷は、
帰省費用等かかって時に面倒くさくはあるけれど
(今回は仕事でしたから、持ち出しはありませんが)
弱った時の心の拠り所であり、
リセットできる場であるのだなと、
ようやくわかった。


福山雅治氏の「 18 〜eighteen〜 」、よければどうぞ。
この曲は大好きなのですよ。
https://youtu.be/fFpqn9vDZlM
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2018年11月29日

正のハンデ

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(2011)西原理恵子 角川文庫
http://bouchukan.seesaa.net/article/462973325.html
のあとがきを、勝間和代氏が書いている。

「貧乏という負の連鎖」から自力で脱却した西原氏に対し、
勝間氏は自らのことを
「自分の生活はもともと、親から受け継いだお金や教育に底上げされている」
とし、
それを「正のハンデ」と表している。

言いえて妙だ。
加えて勝間氏は、その「正のハンデ」に負い目を感じている、という。

ホリエモンこと堀江貴文氏が、なんだかんだあっても
社会に愛されているのは、西原氏と同様、
自力のみで今の立場を獲得したからだろう。


『東大から刑務所へ』(2017)幻冬舎新書 は
http://bouchukan.seesaa.net/article/455342752.html
井川意高氏と堀江貴文氏の対談本だが、
井川氏の「正のハンデ」を負の権力化したざまが、読み取れた。
他方で堀江氏の謙虚さが際立った。


「正のハンデ」は、二代前か、三代前か、もっと過去化の先祖が
自力で獲得したものだ。
親は選べないと以前書いたが、
http://bouchukan.seesaa.net/article/462910939.html
「正のハンデ」という人生の所与を、どう扱うかは、その人次第だ。

生まれた時に付加される不条理なまでの所与と人間の品格に、
絶対的な相関は成熟した「大人」には無く、自分次第だということか。
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2018年11月14日

10年前の私へ

「お忙しいのでしょう」と声を掛けられ、
「いえ、仕事量は過去とさして変わらないと思うのですが、
 時間の過ぎるのが、以前と比べて早いので、
 よって、同じだけ仕事をしても忙しく感じるのです」

と答えた。
とにかく、あっという間に時間が過ぎる。

そうした落ち着かない中で、他にもしたくても手つかずの仕事がある中で、
過去の当ブログ11月分を、少し読み返した。

2000年代後半の私は、広島に居て、今より10年以上も若くて、
仕事も精力的にしていて、
立教の大学院にも通っていて、
研究室への来客も多くて、
研究室でもコーヒーは豆からひいて、コーヒーカップで飲んでいる。

なんと優雅で頑張っている私か!!!
10年前の私を褒めてあげたい。
(すみません、自画自賛で…)

今の私は、それなりに加齢し、
仕事も肩で息をしながらなんとかこなし、
学会・研究活動も足手まといになりながら皆様についていき、
外ではあらゆる人に会っていて、
コーヒーを淹れる余裕が無くて、インスタント。
研究室では紙コップ、家ではマグカップで飲んでいる。


あらら。
陶器や磁器のコーヒーカップと、
紙コップ。
この相違に、何かを失ったような気がする。


しかし、
2000年代後半の私は、今より10年以上も若いからか、
毎日がつまらなくて、切なくて、悲しいと、時折書いている。
思い描く自分と、現実の自分のギャップがあったのだろう。

今の私は、年は取ったが、
おかげさまで毎日充実している。
つまらなくもないし、切なくも悲しくもない。
ただ、いかんせん、体力が無い。
思い描く自分と、体力のギャップに、困っている。
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2018年10月31日

♪やさしさに包まれたなら

当記事(以下ね)は、私の嬉しかったことを備忘録として書き綴っています。
よって、自己満足の塊のような文言が続きますので、
面白くないです。
それでもよければ、読み進めてくださいませ。
(他人の自慢話とか嬉しかった話とかは、酒の肴にもなりませんからね笑)


*****
いろいろ嬉しかったこと、三つ。

先の静岡への学会出張。
土曜日の統一論題を無事終了し、懇親会でも和を広げ、
疲労困憊だったので、懇親会を途中抜けしてホテルへ。
部屋で顔を洗うと、なんだかすっきり。

【嬉しかったこと その1】
同じ学会での翌日の仕事のために、夕刻にホテルにインしていた元同僚が、
私がワイン好きだからと、ワインの飲めるお店を探し、
わざわざ予約をしてくれてましてね。
遅い時間からでしたが、ワインをいただきに少し歩いてレストランへ。
なんだか、その気持ちが嬉しくて。

研究したい(発表する場が欲しい)という彼に、
ちゃんと活躍の場を提供できるよう段取りします。
ご馳走様でした。

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【嬉しかったこと その2】
翌朝、静岡県は藤枝市に住む大学時代の友人が、
私の泊まるホテルまで、朝も早いのに来てくれました。
一緒に朝食をいただいたのですが、
静岡土産だと、美味しそうなものをたくさん持ってきてくれましてね。
(私は手ぶらでごめんさないよー)

大学生の頃は二人でよく広島の街を闊歩したものです。
久しぶりに、さしで話せてよかった。
ご馳走様でした。

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【嬉しかったこと その3】
学会が済んで帰宅したら、カステラが置いてありました。
私がカステラ好きなので、娘がデパートで買ってきてくれていたようです。
疲れた体に、甘い黄色い色が染み渡りました。

自分のことで大変だろうに、ありがとう。

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以上、嬉しかったこと3件。
このたびは、美味しいものに関わる嬉しいことをまとめました。
落ち着いてよく考えれば、
それ以外にも、食べられなくても、多くの方々から
「やさしさ」をたくさんいただいていると思うのです。

少しずつでも、私も「やさしさ」をお返しできればと思っています。
(あまりに殊勝な自分にびっくり。大丈夫かな私は・・・)
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2018年10月09日

心配性の独り言

心配性だと書いたが、私の人生を振り返れば、
心配性が私の心の半分を占めていたなと思う。

心配の種類は大きく分けて二つある。

一つ目は、自分や家族、身近な人に対してだが、
命の危険。
これは、とにかくリスク対策をして、極力危険にあう機会を少なくする、ということで心配量を小さくするしかない。

二つ目は、自分。
思い描く理想の自分と、本当の自分とのギャップが心配だった。
もっと言えば、他者から見える私が、
理想の自分ではなく本当の自分であることが怖かった。

要は、カッコつけの見栄っ張り、ということだ。
今この歳になっても、そうなのだが、
心配性ということ気づいて、改めて自己を考えるならば、
その方がなんともカッコ悪い。

思い返せば若い頃は、仲良くなりたい人、という枠がとても小さかった。
勝手に自分で領域を設けて、好きな人以外は皆嫌い、のようなコチコチの心を持っていたように思う。

今は人生経験を積むとともに、仲良くなりたい枠がとても大きくなった。
多様性を認めるというか、楽しめるほどになっている。

ということは、私が最も認めたくない本当の自分を、
今の年齢の私なら愛してあげられるのではないかと思う。
そういう時がようやく来たようだ。

長く生きてみるのも、なかなか良いものだ!

posted by H.A at 12:39| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心配性の非生産性

昨日、Aという心配事があり、それについてずっと考えていた。
結局、それは私が何かできることではなく、
当人が策を考えていたので、それで心配のタネは小さくなった。

それが判明した時、
Bという件が滞りなく済んだとラインが入った。

Aに気を取られてBのことをすっかり忘れていたが、
Aが無ければ、心配性の私はBについて、一日中心配していたと思われる。

つまり、心配事というのは心配するから生じるわけで、
心配しなければよい。
たとえ心配事が大事であっても、
自分自身のことでなければ勝手な取り越し苦労でしか無い。
心配性というのは、単なる自己疲労促進でしか無い。
眉間のシワも増える。

そんなこんなで、心配性、リジェクト!
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2018年10月06日

徒然

最近考えていること。
そろそろパラダイムシフトする時だな。

何を。
これまで良しとしてきた価値観を。
考え方を。
仕事の仕方を。

どうするか。
良いと思ってきた考え方やものを、あえて全て捨ててみる。
アップデートではなくリセット。

そんなことを寒暖の変化で着るものに悩みつつ、
考えている。

考えても仕方ないので、Do!
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2018年09月22日

経験すると余裕をもって対応できるけれども、結局はなんだか愚か。

自宅のwifiがまた動かなくなった。
過去のブログを確認すると、昨年の7月に動かないと騒いでいる。
http://bouchukan.seesaa.net/article/451711555.html

ソフトバンクに連絡し、交換用の機械が届き、設定し、
万事OK!

昨年はソフトバンクの機械を交換したが、それでも動かず、
NTTの機械も悪いというのでそれも交換し、のすったもんだがあって
回復までに数日を要した。

とにかくソフトバンクにしてもAPPLEにしても
電話連絡が容易でないのが面倒くさい。
電話の予約をする、という過去にはなかった手続きが必要だ。

昨年はそれらも初めてだったので、すったもんだしたが、
経験するとこちらも余裕がある。

機械が動かないときはどうやって試したらよいかとか、
交換の手続きをするのにどうやって連絡したらよいかもわかっているので、
なんとかスムーズに交換できて、
我が家のwifiもとりあえず復活。

便利になったようで、実はそうでもない。
IT機器に弄ばれる愚かな「人間さま」状態。
posted by H.A at 19:00| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月19日

九つの峰に守られている呉

広島空港で呉行のリムジンバスを待つ間に、もみじ饅頭。
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呉駅で家族と待ち合わせ、
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まずは、腹ごしらえに。
以前Jステーションで(懐かしい!)紹介されていた、
呉服屋さんが営んでいるカフェに行きたいと、
音戸という島へ。

海沿いを走ります。
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音戸大橋を渡って、島の小さな路地にカフェ。
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天仁庵。
http://tenjinan.jp/

ランチをいただいたのですが、この手前のお茶がとっても美味しかった!
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島に渡るのに、音戸大橋という昔からの橋と、
渋滞緩和のためにできた新音戸大橋とあるのですが、
音戸大橋を利用。

手前の下から写っているのが新、
先の橋は旧 の橋。
仲良く並んでいます。
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そして、また呉市内へ。
海上自衛隊の船を見ながら。
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久しぶりの呉の街。
呉線も復旧してよかった(´;ω;`)ウゥゥ

フライケーキか、びっくり饅頭か、悩んで
エーデルワイスのクリームパイ。
http://www.ownerchef-sweets.com/hiroshima/edelweiss/

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街を歩く人が少ないのが、寂しいけど、
呉の街はいつも懐かしい。
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2018年08月27日

人生の指針

ぐうたらな性分ながら、できればいろいろなことをちゃんと
行いたいと日々思っています。
できているか否かはおいておいて。

「継続は力なり」は、常に心に留めている言ですが、
冒頭の思いを、何か言葉にできないかなと何とはなしに探索していたら、
見つけました。

清里の清泉寮を再建されたポール・ラッシュ博士の言葉。
ポール・ラッシュ博士は立教大学でも教鞭をとられた先生。
この銅像に書かれている言葉を読んで、感激しました。

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“Do Your Best and It Must Be First Class”
〜最善を尽くし一流たるべし〜

http://www.keep.or.jp/place_event/paulrusch/dyb.php

座右の銘にしたいと思います。

学位授与式で、立教大学の当時の総長が
「研究者は謙虚であれ」とおっしゃった言葉も思い出されます。
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2018年08月16日

8月半ばを過ぎると陽が落ちるのが早くなる。19時前の様子。

滅多に行かない恵比寿。
19時前のビストロ、すでにほぼ暗い。
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夕方は涼しくなって、虚弱体質の私でさえ、
散歩でもしてみようかと思うほど。

出番を待っている屋形船。
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空には三日月。
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テレビでは高校野球の甲子園が熱い。
勝敗が蓄積され、試合が熱ければ熱いほど、夏の終わりが近いねと感じる。
posted by H.A at 19:00| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月01日

8月です

せっかちな性分で、先手先手を考えようとするものなので、
8月になった途端に、夏の終わりを感じる。
そう感じるのは、私だけだろうか。

昼間は無茶苦茶暑いが、夕方になるとなんだか涼しいような気がする。
8月になったからか。

新橋から散歩しながら帰る夕方の道。
黒革の手帳的な銀座の路地に、
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勝鬨橋の南側の風景に、
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ああ、夏が終わるなーーーと思う。
胃腸イタイ事件で、イタイイタイと言ってる間に私の夏は終わってしまった。


せっかちで先走る性分ではあるが、
しつこくしぶとくしがみつく性分でもあるので、
夏の終わりのこの8月に、まだまだと逝く夏を引き留めて、
エンジョイしたいものだ。

posted by H.A at 21:29| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月07日

これ以上被害が大きくなりませんように

東京では夏日が9日間続き、虚弱体質の私は息も絶え絶えになっていた。
ようやく雨となり、少し過ごしやすくなったと安堵していたら、
西日本では、それどころではない大雨で、昨夜からびっくりしている。

とにかく、大きな被害にならないようにと祈っていたが、
SNS情報では、私の広島宅のあるあたりもなんだか大変なことになっている。

母の安否を確認し、弟にもラインをし、
一番危ないのは我が広島宅だ。
(それぞれ住んでいるところが違う)

幼なじみのO君に、仕事帰りに我が家のチェックよろしく!とメッセージを送ると、
おまえの家は大丈夫だと返信。

安堵したものの、メッセー時には、
O君が自宅に帰れず(道路が封鎖しているらしい)、
結局、我が広島宅の近くの友人宅に泊まっているというのだから、これまた大変だ。

朝からニュースでは、あちこち土砂崩れと報道があり、
心を痛めている。

思い返せば2014年にも広島市は安佐南区で大きな土砂崩れがあった。
http://bouchukan.seesaa.net/article/405329030.html

あっという間に「日常」が流れ去る。
こうした自然の猛威のたびに、自然の大きさを再認識する。
人間なんて、ちっぽけなもんだ。
それと比較したら、おそらくAIなんて、たいしたことではない。
posted by H.A at 07:52| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月21日

You can't handle the truth!

トム・クルーズの映画に『ア・フュー・グッドメン』(A Few Good Men)がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ア・フュー・グッドメン

米海軍の弁護士として、トムは若い海兵隊二人の弁護をする。
ネタバレになるので、ご了解いただきたいが、
要は、成績の良くない海軍兵を邪魔だと考えたトップが、
若い海兵隊二人に、通称コードR(CODE RED規律を乱す者への暴力的制裁)の遂行、といった指示を出す。

若い海兵隊二人は、指示は絶対であるため、従う。
結果、運悪く成績の良くない海軍兵は、命を失ってしまう。
というもの。

弁護士であるトムは、指示したでしょ、と法定外でトップに詰めよる。
が、ごまかされる。
そこで、トムは法廷で、トップの自尊心をくすぐり、証言を引き出すという話。

軍の規律か、人の命か。そこにギャップがある。

日本大学のアメフトの一件、明日夕刻に、タックルした学生が記者会見とのこと。
自分で勝手にタックルした、と言えば自分が悪いし、
指示してやった、と言えば、チームの規律と社会のギャップをあからさまにすることになり、
どちらにしろ辛い立場だ。

彼の記者会見を決めたのは誰か?
本人か、大学か、監督か。
20歳そこそこの若者に、すべてを託すのは、大人の逃げではないか。

ちなみに、上記の映画、海軍のトップがトムに言う。
「You can't handle the truth!(『おまえに真実は分からん!』)」

アメフトの一件だけでなく、今の日本のその他のいろいろでも
偉い人が言いそうだ。
偉い人には、わかるように話してほしいものだ。

そして大学生も、大学生という立場は、もう大人で、
何かあればこうして矢面に立つことになるということを理解しておかねばならない。
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2018年04月21日

一所懸命

遠い昔、M社で副社長までなさった方が雑談でおっしゃっていた。

手を抜いて8の結果を出すAさんと、
一所懸命やって8の結果を出すBさんがいれば、
企業はBさんをとりたい。

ということを。
若かった私は、手を抜いて8のほうが、
他の仕事もできてよいのではないかと思ったのだが、
最近、この意図がわかってきた。

「手を抜く」や「一所懸命」という目に見えない空気は、
他者に影響を与えるのだ。
風邪がうつるように、その姿勢というのは蔓延する。
「一所懸命」の「8」は、
他の仕事や将来の仕事の結果は乗数で増加する可能性もある。
他方で「手を抜く」行為は、引き算どころか割り算で減少するリスクもある。

私は齢を重ねたそこそこの大人ながら、人間がまだできていないので、
清濁飲み込むことができず、
老若男女関係なく「手を抜く」人と一緒にいると、
自分が腐るような気がする。
仕事であっても、そういう人とは一緒にいたくない。

暑苦しいまでの「一所懸命」な人が愛おしいし、
私もそうでありたい。
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2018年03月14日

毎年の3月

【なんのことはない、私の覚書のような記事なので、興味ある方のみお読みください】

先日、タイのお土産をいただきました。
マンゴーケーキ。
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台湾のパイナップルケーキの模倣らしい。
そういえば、昨年3月に、本当は台湾出張に参るはずで、
諸般の事情で急きょ、取りやめたので、
同僚がお土産にパイナップルケーキを買ってきてくれたのを思い出しました。
http://bouchukan.seesaa.net/article/448794919.html

改めて振り返れば、
今年の2018年2月3月は、出張でバタバタし、
昨年の2017年同時期は、娘の留学と父の人生の最期で右往左往し、
一昨年の2016年は、神奈川から東京都への引っ越しでガタガタし、
その前の2015年は、私自身の転職であれやこれやあり、
その前の2014年は、娘の進学と神奈川への引っ越しでなんだかんだ、と
とにかく2月3月は忙しいというか、気ぜわしい日々を過ごしているようです。

以上、なんのことはない、私の個人的振り返り。
失礼しました。
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2018年02月20日

二か所のパワースポット

やはり池袋。
立教大学の美しいキャンパスはもちろんだけど、
メトロポリタンホテルも元気になる。
久しぶりに同ホテルのロビーへ。

懐かしい・・・頑張ろう。
あの頃のように。と思わせてくれる。

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そして、三田。
この横断歩道から見る東京タワーは、
AKBの「恋するフォーチュンクッキー」の歌がBGMとして脳内に流れ、、
あきらめないことが負けないことと、元気が出る。

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以上私のパワースポット二か所。
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2018年02月03日

2018節分

明日は立春。
いよいよ暦の上では春です。

よって、その前日の今日は季節を分ける日で、
鬼は外、福は内です。

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そうはいえ、私もそこそこの年なのだから、
自分の内の鬼は消化させ、
他者の鬼も引きうけて昇華させる、
それくらいの度量を持った人間になりたいものです。
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2018年01月28日

生麦生米生卵

キリンビール工場見学のために、生麦駅へ。
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早く着いたので、カフェで時間調整をしようと思ったのですが、
全く無く・・・

今も何もないということは、当時はもっと何もなかったわけで、
生麦事件のイギリス人も、まさかこのようなところで、
あのようなめに合うとは思わなかったことでしょう。

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大名行列の時には、端に寄らねばならない、というのはローカルなルールで、
ダイバーシティが進むと、マッチしない、というか理解されない。

今の日本も、同じかもしれません。
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2018年01月03日

私の「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」

久しぶりに、中島敦の『山月記』の言葉を思い出した。
「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」。

タスクに追われつつ、年末年始のゆっくりで、
ちょっと自分を省みている機会を得ているからかもしれない。

ああ、私の「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」よ。

ブログを振り返ると、この文言を心にとめた直近は、
なんと、2009年12月。
http://bouchukan.seesaa.net/article/135404294.html

博士論文の口頭試問の後のよう。
そこから走り続けて、9年。
ようやく、ちょっと立ち止まる余裕ができたといううことだろう。

そして、何年経っても、何歳になっても、
相変わらず私の「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」は
私の中に居座っている。
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2017年11月21日

するかしないか

自営でコンサル業を営むとある方の、顧客増が目に見える。
世の中には、仕事が取れなくて四苦八苦している人も多い中で。

どのように仕事を増やしたのですか?と尋ねると、
人の集まる場所に毎日のように顔を出したこと、
(東京では必ず何がしかの会合が、多々ある)
そして、
有言実行を積み重ねて、信頼を得てきたこと、
と言う。

なるほど。

自分のことは棚に上げて恐縮だが、
カッコいいことを公言しつつ、仕事をしない人はいる。
有言実行というのは、現実社会では、稀有だ。

有言不実行よりは、
何も言わずに、何もしないままの方が、
まだマシかもしれない。

するかしないか、これに尽きる。
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2017年11月12日

「べき」とか「ねば」とか

一仕事の大きな山を越えて、一段落したからか、
私の心身から、やる気と覇気が、全く無くなった。
忙しくて疲れたのもある。

マツコデラックスさんも入院とニュース、
彼女(彼?)と私の忙しさや社会的影響度は異なりすぎて、
比較するのもおこがましいが、
やはり疲れたら体が悲鳴をあげるらしい。

そうはいえ、やらねばならない仕事はある。
この「〜しなければ」とか「べき」の言葉が曲者と、
友人からアドバイスを受けた。
なるほど。
こうして自分のあるべき姿を規定するのは、心にストレスなのかもしれない。

しかし、向上し成長するには、勉強したり仕事したりするのは当然。
よく言われるのは、友達が遊んでいるときや寝ているときに、自分は精進した、というようなことだ。
これが楽しみながらできているうちはよいのだろうが、
「べき」とか「ねば」とか言いながら、自分を強いると、
形が変わってくるのかもしれない。

そういえば、綾瀬はるかちゃんの日テレのドラマでは、
http://www.ntv.co.jp/okusama/
世の悪を罰する主人公が、必ずその対象者に
「〇〇すべきだ」のようなことを言う。

ちょっとこれが違和感。
水戸黄門の立場とは異なるのだから、
悪いことをした人は、この街から出ていくべき、は言いすぎかなと。

自分に対して使う「べき」とか「ねば」は、
苦しいながらも自己成長につながる可能性もあるが、
他者に対して使う「べき」とか「ねば」は、
余計なお世話になるのだろう。

と、いろいろ反省しながら、やる気や覇気が無いまま、
ダウンしている。
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2017年08月20日

万象皆師:他者の認識は、自らが生み出す

先般、とある共通の知人について、斜に構えているよねと話したところ
仕事仲間曰く、
「僕は、斜に構える、ということを自分がしないので、よくわからない」

なるほど。
確かに彼は、心根の真っすぐなナイスガイなので、
彼から「斜に構える」態度や考え方に触れたことはない。

そういえば、遠い昔、まだ私が若かったころ、とある共通の先輩を怖い、と話したところ、
当時の友人より
「人を怖い、と思う感情が無いので、よくわからない」
と言われたことを思い出した。

なるほど。

ちなみに、私は残念ながら「斜に構える」といった面はあるし、
他者を「怖い」と感じる感情を持っている。
(加齢とともに、怖いと感じることが少なくなってきましたが)

つまり、他者に感じる感情は(斜に構えるは悪口ではなく、面白いね、のような感じではある)、
総て自分から生まれているものなんだな。

などと、学んだ。
万象皆師。
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2017年07月30日

ガツガツの方向の確認と、コツコツの重要性

この記事は自らの反省と、覚書のためのものなので、
全く面白くないです。
読み続ける場合は、それを承知なさって。

*****
ガツガツと音がするほど仕事をすることはよいことだ。
ただ、このガツガツは自分の中で自分に向かってガツガツ精力的に、という意味である。

これが、いかに自分が仕事をしているか、どれだけの結果を残しているかを
他者にPRし始めた途端に、そのガツガツは魅力が半減する。

おそらく一流のアスリートは、自分の練習量やその苦労など口にしないだろう。
また様々な記録も、コツコツの結果であって、記録を自ら流布はしないだろう。
素晴らしい記録や結果は、おのずと他者が言い繋いでくれる。

といったことを最近非常に感じている。
そして自らの反省の辞。
ガツガツ(そうたいしたものでもないのに)を人に話しているし、
かつ、ガツガツ仕事することを、人に強要していたなと。

ということで、男は黙ってサッポロビールのように、
女は黙って白ワイン。
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2017年07月03日

他人のふり見て我がふり直せ

先日、とある小料理屋で、待ち合わせた相手を待つ間、
そこの大将と、たまたまカウンタすーで隣に座っていた(私と)同世代と思われる女性と
雑談になった。

陽が長い、などの話から、大将が、
以前スイスで修行していて云々と話し始めたら、
隣の同世代の女性が、
「わたくしも若いころフランスに2年住んでおりまして・・・」
とフランス話が始まった。
大将のスイス話は、それ以降話す暇がなかった(笑)

何か面白いオチでもあるのかと、ふんふんとうなづきながら聞いていたら、
会社があてがってくれた部屋が、いかに立派で高級であったか、という内容だった。

同世代と思われるのだから、その話は四半世紀程度前の昔話だ。
彼女の高質そうなスーツや、今も仕事をしているのであろう雰囲気ながら、
そのフランス在住時代が、彼女の頂点であったのだろうと推察された。
勝手な推察ながら、ちょっと残念だった。

それにしても悲しいかな、人間というのは、ついつい「自慢」というものをしたくなる。
彼女の「パリではわたくしは・・・」の言動が忘れられず、
私は、他人のふり見て我がふり直せと、非常に反省をしながら帰途についた。

こんなにがんばっています!
こんなこともしています!
こんないいことがありました!

のようなことを、ついつい書くのがSNSで、
だからかもしれないが、最近はFB利用者がずいぶん減ったように思う。
SNSなんてのは、上手に情報収集しないと、自慢話の羅列になる。

と、こうして書きながら、わかっています。
一番反省しております。
このブログでは、ついつい書いてしまいます。
嬉しかったこと、良かったこと、聞いてほしいこと。
すみません。

めったに自慢することがないので、たまにあったら、書かせてやってください。
せめて、せめて、オチもつけます。
笑いがとれたら、許してね。
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2017年06月23日

見えざる力

昨夜、父が夢に出てきた。
「お父さん、お父さん」と何度も何度も呼んで、腕もつかんだのだけど、
父は向こうに行ってしまった。

もしかして母に何かあったのかと、今朝、母に早朝ながらメールしたら、特に何ごともなく、安心した。
母が「(夢の中の)お父さんはどうだった?」と聞くので、
「元気そうだった」と答えた。
そうだ、夢の中の父は、亡くなる前の痩せ細って弱って辛そうな父ではなく、
元気で颯爽とした父だった。

生きている頃の父とは、たいして仲良くもなく、
どちらかというと、親への反発心が、私のモチベーションだった。
(いい年して大人げないが)
亡くなって会えない今のほうが、父と近い感じがする。

父は私に少しだけプレゼントを持ってきてくれた。
なぜか私は、起きてすぐパソコンを開き、
ここ一年、ずっと悩んで途中になっていた論文に加筆しはじめた。
寝ぼけ眼で。
ずっと悩んでいた理論展開が、なぜか閃いて、書けたのだ。
びっくりだ。

また、ちょっとだけ職場でもよいことがあった。
かつ、たまたまゼミ生と行った図書館で、研究に必要な書籍を偶然発見できた。

これら三点、父からのプレゼントだと思う。
ありがとう、お父さん。


そんな父との出会いを懐かしくも不思議に思っていたところの麻央ちゃんの訃報。
先週、海老蔵さんの歌舞伎を鑑賞し、海老蔵さんご家族についてブログを書いていたばかりの私は、
全くの他人ながら涙にくれている。
そうはいえ、きっと麻央ちゃんも、父のようにご家族の夢に元気な姿で会いに来てくれるだろう。
posted by H.A at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

❝願わくは花のもとにて❞

PCが壊れたとか、ゼミ生がどーだとか、ワインを飲んでなど、
日々の普通ながらもせわしい暮らしの中で、ああ、少し忘れていたんだなと、
日曜日の朝刊(日経新聞、6月4日ね)で気づいた。

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村山由佳氏も4月の桜のころにお父様が逝ったとのこと。
お母さまが施設に入っているので、お父様は一人暮らしで、
元気かと久ぶりに様子を伺いに実家を訪ねたら、倒れていたとのこと。

村山氏は、死ぬとき健康でどうする!と最後まで煙草好きだったお父様のために、
お仏壇には線香の代わりに煙草をくゆらすとのこと。

ああ、私の父も酒と煙草が大好きで、
最後の退院をして家に着いたら、
玄関までは母と義妹に支えられながら歩いていたくせに、
そこからはスタスタといつもの煙草吸い場に行ったというのだから、
笑わせる。

そんなことを思いあわせて読んでいたら、新聞の文字がにじんだ、

今日7日は、わが父の月命日。
お父さん、二か月経ったよ。
そっちの世界でお酒は美味しいかい?
posted by H.A at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月03日

♪ありのままで

昨日、企業の方がゼミ生にアドバイスされていた中に、
カッコつけずにありのままで、というフレーズがあった。

琴線に触れた。
これだ!最近の私の自分に対する不満の解決は!
必要以上に自分を大きく見せようとするあまりに、
ほころびが出て自分がつらかったように思う。

ということで、私のこれからのモットーは「ありのままで」

せっかくだからとyoutubeでアナと雪の何とかの
松たか子さんの歌を聴いた。

せっかくだからと一緒に歌ったら、咳込んだ。
高音は、ありのままの声では出ない。

足るを知るとか、分相応とか、っていうのはこういうことなのだなと、
咳込みながら理解した。
私の歌える音階の歌を、朗々と歌おうではないか!
posted by H.A at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする