2019年10月13日

感謝の気持ちは忘れたころに実感する

私は、両親の子どもであり、娘の親でもある。
親側、子ども側、両方の気持ちを、その時々に実感する。

先日、仕事仲間と予定以上に日本酒を飲みかわした。
その際、子育て真っ只中の仕事仲間より、
私の子育て中のことを聞かれた。

あの頃(30代ね)は、仕事しながら週末は大学院に通っており、
(広島から東京までね)
娘もまだ小さくて、
仕事が遅いときは両親が家に来てくれ、
大学院に行く金曜日は、両親が自宅に連れ帰り、食事やお風呂までお世話になっていた。

ということを仕事仲間に話しながら、
あの頃(30代ね)は、自分のことで精一杯で、
両親がしてくれたいろいろをちゃんと認識できずにいたことに気づいた。

あ、そうだった、お父さん、お母さんは、なんだかんだを私を助けてくれていたんだな。
ということに、
あれから20年経って、ようやく気付いた。

となると、親としては、子どもの自由気ままな行動や発言は、
過去の我が姿であり、許容すべきことなのだなと思う。

そう思うけれども、できるかどうかは、また別。
あら、困ったな。
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2019年09月23日

通常であることの悦び

ストレスフリーな毎日を穏やかに過ごしている。
が、先日珍しく非常にストレスフルなことがあった。
ヘタレな私は、3日間不快な思いを引きずった。

回復したのは、そのストレスフルが無く、いつも通りに通常業務に取り組めた時。
通常であることの幸せを感じた。
ありがたいことだと思った。

先日のストレスフルなことには、そうした気づきを与えてくれたということだ。
万象皆師とはまさにこのこと。
感謝しなければならない、感謝感謝。





だからというのではないが、世の中にあるという三日連休の二週続き、
そうした連休が私には無くても、疑問に思わず仕事しよう・・・ちょっと違うか。

よし、後期が終わったら、長期休暇をとります。
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2019年09月14日

昨夜は中秋の名月

昨夜は中秋の名月で、今夜は満月とのこと。

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先般の台風では千葉県の被害が甚大。
せめて月の灯りが慰めになりますように。
早く日常が戻りますように。
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2019年09月10日

塞翁が馬

一昨日の台風は、結果的に千葉に大きな被害を及ぼした。
ゼミ生達に確認すると、未だ停電かつ断水のお家もある。
カーポートの屋根が飛んだというご自宅も。
とにかく被害が少ないようにと願うばかり。
他方で、別件で災害にあった某企業の方。
お見舞いメールを送ると、いつもと変わらぬ元気な返信メール。
きっと私の想像できない苦労があるだろうに。
万事塞翁が馬。
どうか頑張る彼らに、彼らの頑張りに報いるハッピーがありますように。
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2019年08月06日

鳳梨饅頭

広島県は呉のお菓子、鳳梨饅頭、いただきました。
久しぶりの、懐かしい味。

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そして今日は8月6日、原爆記念日。

広島ではおそらく、夏になるとすぐに原爆記念日特集が
テレビや新聞で組まれ、あの夏を考える空気ができていると思う。
広島を離れると、そうではないので、ふとそのまま過ぎてしまいそうになる。

広島生まれ広島育ちの私は忘れてはならんな。

戦争はダメ、絶対ダメ。
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2019年07月30日

金言 覚書

先日、同僚と、学生時代の留学の是非について話していた。

同僚曰く、
時間のある大学時代に留学することは大事だと、
しないと将来後悔をするであろうと。

というか、留学による経験効果も理解できず、
「後悔すらできない」かもしれない。と。

この「後悔すらできない」の言が琴線に触れたので、
ここにメモメモ。

後悔ばかりの人生も悲しいけれど、
できなかったことに価値を覚えるという域に達することもできないというのは、
もっと悲しい。ね。
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2019年06月30日

覚悟

吉本の芸人さんたちが、ここのところ立て続けに、闇営業による
反社会的勢力との接触云々が報道されている。

テレビに出ている人は自らを「芸能人」とし、
テレビに出ていない人を「一般人」と勝手に区分けし、
「一般人」を上から下に見ている感がある。
(先般お会いしたテレビに出ている女性は、
 私は「一般人」ではない、だからおばさんではない、と私に言っていた。
 理屈が意味不明)

上から見るなら、上から見るなりの覚悟がいる。
「一般人」が稼ぐ以上の報酬を得るには、
それなりの意味があるのだということに気付いてほしいものだ。
(島田紳助さんは、その覚悟を承知しておられたということだ)

同様の区分する言葉に、公務員が使う「民間」がある。
そこには「官」に属する人が、
「民」を上から下に見ている感がある。

やはり、上から見るなら、上から見るなりの覚悟がいる。
選挙で選ばれたわけではないのだから、
国民の下僕として、「民」のために粉骨砕身していただきたいものだ。


と、こんなことを書きながら
「先生」と呼ばれる立場の人は、「芸能人」やら「官」やらよりも、
もっと覚悟を持たねばならんな。
自分よりも年長者の方はいるのに、「先に生まれる」と呼んでいただいているのだから。


6月の終わりの独り言。
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2019年05月14日

真似る

ある程度大きくなったら子どもは(思春期以降ね)、
自我が目覚めて、概して親の言うことに耳を傾けないことが多い。
(もしかしたら、ずっと素直に言うとおりになさる人もいるかもしれませんが)

ただ、私が思うに、
親の言うことは聞かなくても、
親のすること、していること、してきたことは
いつのまにか同じようにしている。

掃除の仕方、ものの言い方、その他もろもろなどだ。
我が子の姿を視て、
我が姿が客観視でき、苦笑することはよくあるし、
改めて自分を認めることもある。

さて、いつもインスタで眺めている見知らぬ家族。
1歳半の女の子の顔が丸くてとても可愛いのだ。

パパさんが、その女の子に、その場で飛ぶジャンプを教えている。
リビングでジャンプの見本を見せているのだが、
ピョンピョンと二回飛んだところで、
近くに置いてあったおもちゃを踏んではいけないと、
パパさんが、すっと足で向こう側によせた。

すると1歳半の女の子は、ジャンプではなく、
足でおもちゃを動かすということを真似だした。

これはぶっと笑った。

子は親の言うことは聞かないが、
親のすることは真似る。

おもちゃをよける程度のことは可愛いが、
一事が万事、平生往生。
親は子どもが恥をかかないように、
日頃からちゃんとしとかないと、ね。
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2019年04月30日

昭和平成令和

自分は昭和の人間だと認識していたが、
よく考えれば
昭和よりは平成のほうが、生きてきた年数は長い。
平成に失礼なことを言ってたことになる。
平成の最後に、深謝したい。

振り返れば、1989年、平成元年に大学を卒業し、
社会人として働きはじめた。

私にとって昭和は、生を受け、親の庇護のもとで過ごした時代であった。
平成は、自立と共に始まり、
働き、結婚し、出産し、転職しと、人生のいろいろがあった。

となると明日からの令和は、何だろうか。
令和が終わるときに、何かがわかるのだろう。

きっと私は長生きするので、令和のその次の時代も、
こうして縷々とブログを書いているだろう。

あなたも私も皆皆が、ずっと平和に暮らせますように。

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2019年04月09日

秘せずは花なるべからず

他人のふり見て我が振り直せ で覚書。

話をしているときに、どんな話題でも
「私は」「私が」と、すべて自身を主語にして、話を置き換える人がいる。
そして、その話題は必ず自慢話である。
事実を述べているとはいえ、わざわざその話をなさるのか?とも感じる。

おそらく、自分がいかにすごいか、いかに頑張ってきたか、を
暗に知らしめたい思いがあるのだろう。
もしくは自信が無いか。

本当にすごい人は、わざわざ自ら情報開示などしない。
聞かれたら答えるくらいで。

という姿を拝見しつつ、
そういったことが気になるということは、
私も同じことをしているかもしれない、
しているだろう、
しているに違いない、と反省。
ちょーカッコ悪いわ。

元号もかわるし、少なくともカッコ悪い振る舞いはしないようにしよう。





ちなみに、当ブログでの情報開示についての考え方(というほど、たいそうなものでもなし)は、
過去にも書いています。
http://bouchukan.seesaa.net/article/311444312.html

あえて、読みに来てくださる方を対象としたブログなので、
このブログでの「カッコ悪い」叙述については、ご容赦くださいませ。
(FBでは読みたくなくても流れてくるからね。
 って、Twitterにリンクさせているので、Twitterから来た人、ごめんなさいよ)
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2019年04月07日

桜吹雪と父の命日

今日は父の命日。
二年前、桜吹雪の中、父をおくったことが思い出されます。
先日は家族と三回忌をおこないました。

義父が亡くなったのも四月半ば。
桜に緑の葉が芽吹いた頃でした。
今年で七回忌です。

こうして春に旅立つ、というのは、
ポジティブな季節の生命力の影響により、
送り出す方の寂しさが薄まるような気がします。


そして桜を見上げるたびに、思い出されます。
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2019年02月17日

3歳までに一生分の親孝行をする

インスタグラムでは、いろいろな情報収集をしている。
http://bouchukan.seesaa.net/article/461221581.html

楽しみの一つに、見知らぬ家族の可愛い赤ちゃんから1歳、2歳くらいの動画を眺める、
というのもある。
(お気に入りのファミリーがあるのだ)
見知らぬ他人のお子さんながら、可愛いばっかりだ。
親御さんは、目に入れても痛くないだろう。

他方で、3歳までに一生分の親孝行をする、という言葉が思い出される。

客観的に考えれば、
無邪気に可愛いのは、お子さんが親のコントロール内、
換言すればマネジメント内にある時期。

そのうち、自分の視野内にいたはずの子どもは、
親の認識を超えた動きをする。
親の知らないコミュニティで自我を目覚めさせ、成長する。

子どもはきっと中年になってもかわいいのだろうけど、
3歳までの可愛らしさ、というか、無心に親を求める無償の愛は、
成長と共に消失する。

それが親としては、ちょっと寂しい。
否、ずいぶん寂しい。

3歳までに一生分の親孝行をする、
昔の人の言うことは真理だねえ。
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2019年01月07日

禍福は糾える縄の如し

2019年も箱根駅伝は、なかなか壮絶だった。
今回の勝敗の結果はもちろん、ここに至るまでの長い人生には、
喜怒哀楽の連続があっただろう。
(青学も東海大学も、どちらの監督も、私と同い年のようだ。)

私の好きな言葉に「人間万事塞翁が馬」がある。
先日、テレビ番組「サワコの朝」での追悼として樹木希林さんの回が
流れていた。
樹木さんは「禍福は糾える縄の如し」を用い、
辛いことがあるから、ささやかなことを喜びとして感じることができる。
だから、辛いことや悲しいこと嫌なことというのは必要だ、
のようなことをおっしゃっていた。
「人間万事塞翁が馬」と同義である。

さて私事ながら、年末より、なんだかくさくさすることが続いていた。
(それ以上に、良いこともあるのに、心の中ではマイナスの方が存在感がある)

そんな中、年明けにふらっとよった三越に、
以前より気になっていた和菓子屋さんのお団子発見!
これは嬉しい。
羽二重団子

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即買い。
なんだか嬉しかった。
まさに「禍福は糾える縄の如し」だ。

その他の同義語は以下。
・浮世の苦楽は壁一重
・悲しみと喜びとは交互
・苦あれば楽あり
・沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり
・上り坂あれば下り坂あり
・楽は苦の種、苦は楽の種
・禍は福の倚る所、福は禍の伏す所

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2018年12月09日

12月の風景

12月になったと思ったら、すでに10日経った。
きっと、あっという間に夏が来る。

さて、そうはいえ12月。
我が家では、大きなクリスマスツリーを出すことはなくなったが、
ささやかにクリスマスゾーンでクリスマス気分を味わっている。

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また、文化・教養・芸術・グルメなど指南くださる師匠より、
季節の贈り物が届いた。
ありがたいことだ。
虎屋の羊羹の表装より、来年の干支が猪であることを知る。

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来年の干支を知らなかったということは、
つまり、私はまだ年賀状なるものに着手していない、ということだ。

年賀状を書くことをやめるという効率性は、
遠い昔からの日本の慣習や、
年賀状を届けることで暗に表す滅多に会わない友人知人親戚への
ささやかな接点を遮断するようで、
今一つ踏み切れない。

昭和の人間なので、忙しい、忙しいと言いながら、
これから年賀状を準備すると思う。

父が亡くなった時は、年賀状の準備ができず寂しかった。
人間なんて、勝手なものだ。
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2018年11月30日

マイ ホームタウン

仕事で新幹線で広島駅へ。

懐かしい「広島」が見えてくる。
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新幹線を降りるために、デッキに行くと、
私と同世代の女性と、そのお父様がおられた。

降り口が右か左かで、その親子と少し話した。
お父様はお足が悪いようで、女性が優しく声をかけられていた。
その様子を見ていて、父を思い出した。

もっと優しくしたらよかったなと後悔ばかりだ。
そして、私が若いころ親に放った言葉と同じことを、
今は娘から言われる。
泣き笑いだ。

「親孝行したいときに親は無し」はよく言われる言葉だけれど、
結局、同じ状況になる。
ささくれだっていた自分が、恥ずかしいような、今では愛おしような。

タクシーから眺める川の多い広島の街は、
色々なことをがスイートメモリーに変わったことを感じさせる。
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そんなこんなを考えながら
仕事を終えて、また新幹線に乗り、降り立った東京の街は
美しくて温かくて、ほっとする。
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故郷は、
帰省費用等かかって時に面倒くさくはあるけれど
(今回は仕事でしたから、持ち出しはありませんが)
弱った時の心の拠り所であり、
リセットできる場であるのだなと、
ようやくわかった。


福山雅治氏の「 18 〜eighteen〜 」、よければどうぞ。
この曲は大好きなのですよ。
https://youtu.be/fFpqn9vDZlM
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2018年11月29日

正のハンデ

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(2011)西原理恵子 角川文庫
http://bouchukan.seesaa.net/article/462973325.html
のあとがきを、勝間和代氏が書いている。

「貧乏という負の連鎖」から自力で脱却した西原氏に対し、
勝間氏は自らのことを
「自分の生活はもともと、親から受け継いだお金や教育に底上げされている」
とし、
それを「正のハンデ」と表している。

言いえて妙だ。
加えて勝間氏は、その「正のハンデ」に負い目を感じている、という。

ホリエモンこと堀江貴文氏が、なんだかんだあっても
社会に愛されているのは、西原氏と同様、
自力のみで今の立場を獲得したからだろう。


『東大から刑務所へ』(2017)幻冬舎新書 は
http://bouchukan.seesaa.net/article/455342752.html
井川意高氏と堀江貴文氏の対談本だが、
井川氏の「正のハンデ」を負の権力化したざまが、読み取れた。
他方で堀江氏の謙虚さが際立った。


「正のハンデ」は、二代前か、三代前か、もっと過去化の先祖が
自力で獲得したものだ。
親は選べないと以前書いたが、
http://bouchukan.seesaa.net/article/462910939.html
「正のハンデ」という人生の所与を、どう扱うかは、その人次第だ。

生まれた時に付加される不条理なまでの所与と人間の品格に、
絶対的な相関は成熟した「大人」には無く、自分次第だということか。
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2018年11月14日

10年前の私へ

「お忙しいのでしょう」と声を掛けられ、
「いえ、仕事量は過去とさして変わらないと思うのですが、
 時間の過ぎるのが、以前と比べて早いので、
 よって、同じだけ仕事をしても忙しく感じるのです」

と答えた。
とにかく、あっという間に時間が過ぎる。

そうした落ち着かない中で、他にもしたくても手つかずの仕事がある中で、
過去の当ブログ11月分を、少し読み返した。

2000年代後半の私は、広島に居て、今より10年以上も若くて、
仕事も精力的にしていて、
立教の大学院にも通っていて、
研究室への来客も多くて、
研究室でもコーヒーは豆からひいて、コーヒーカップで飲んでいる。

なんと優雅で頑張っている私か!!!
10年前の私を褒めてあげたい。
(すみません、自画自賛で…)

今の私は、それなりに加齢し、
仕事も肩で息をしながらなんとかこなし、
学会・研究活動も足手まといになりながら皆様についていき、
外ではあらゆる人に会っていて、
コーヒーを淹れる余裕が無くて、インスタント。
研究室では紙コップ、家ではマグカップで飲んでいる。


あらら。
陶器や磁器のコーヒーカップと、
紙コップ。
この相違に、何かを失ったような気がする。


しかし、
2000年代後半の私は、今より10年以上も若いからか、
毎日がつまらなくて、切なくて、悲しいと、時折書いている。
思い描く自分と、現実の自分のギャップがあったのだろう。

今の私は、年は取ったが、
おかげさまで毎日充実している。
つまらなくもないし、切なくも悲しくもない。
ただ、いかんせん、体力が無い。
思い描く自分と、体力のギャップに、困っている。
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2018年10月31日

♪やさしさに包まれたなら

当記事(以下ね)は、私の嬉しかったことを備忘録として書き綴っています。
よって、自己満足の塊のような文言が続きますので、
面白くないです。
それでもよければ、読み進めてくださいませ。
(他人の自慢話とか嬉しかった話とかは、酒の肴にもなりませんからね笑)


*****
いろいろ嬉しかったこと、三つ。

先の静岡への学会出張。
土曜日の統一論題を無事終了し、懇親会でも和を広げ、
疲労困憊だったので、懇親会を途中抜けしてホテルへ。
部屋で顔を洗うと、なんだかすっきり。

【嬉しかったこと その1】
同じ学会での翌日の仕事のために、夕刻にホテルにインしていた元同僚が、
私がワイン好きだからと、ワインの飲めるお店を探し、
わざわざ予約をしてくれてましてね。
遅い時間からでしたが、ワインをいただきに少し歩いてレストランへ。
なんだか、その気持ちが嬉しくて。

研究したい(発表する場が欲しい)という彼に、
ちゃんと活躍の場を提供できるよう段取りします。
ご馳走様でした。

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【嬉しかったこと その2】
翌朝、静岡県は藤枝市に住む大学時代の友人が、
私の泊まるホテルまで、朝も早いのに来てくれました。
一緒に朝食をいただいたのですが、
静岡土産だと、美味しそうなものをたくさん持ってきてくれましてね。
(私は手ぶらでごめんさないよー)

大学生の頃は二人でよく広島の街を闊歩したものです。
久しぶりに、さしで話せてよかった。
ご馳走様でした。

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【嬉しかったこと その3】
学会が済んで帰宅したら、カステラが置いてありました。
私がカステラ好きなので、娘がデパートで買ってきてくれていたようです。
疲れた体に、甘い黄色い色が染み渡りました。

自分のことで大変だろうに、ありがとう。

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以上、嬉しかったこと3件。
このたびは、美味しいものに関わる嬉しいことをまとめました。
落ち着いてよく考えれば、
それ以外にも、食べられなくても、多くの方々から
「やさしさ」をたくさんいただいていると思うのです。

少しずつでも、私も「やさしさ」をお返しできればと思っています。
(あまりに殊勝な自分にびっくり。大丈夫かな私は・・・)
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2018年10月09日

心配性の独り言

心配性だと書いたが、私の人生を振り返れば、
心配性が私の心の半分を占めていたなと思う。

心配の種類は大きく分けて二つある。

一つ目は、自分や家族、身近な人に対してだが、
命の危険。
これは、とにかくリスク対策をして、極力危険にあう機会を少なくする、ということで心配量を小さくするしかない。

二つ目は、自分。
思い描く理想の自分と、本当の自分とのギャップが心配だった。
もっと言えば、他者から見える私が、
理想の自分ではなく本当の自分であることが怖かった。

要は、カッコつけの見栄っ張り、ということだ。
今この歳になっても、そうなのだが、
心配性ということ気づいて、改めて自己を考えるならば、
その方がなんともカッコ悪い。

思い返せば若い頃は、仲良くなりたい人、という枠がとても小さかった。
勝手に自分で領域を設けて、好きな人以外は皆嫌い、のようなコチコチの心を持っていたように思う。

今は人生経験を積むとともに、仲良くなりたい枠がとても大きくなった。
多様性を認めるというか、楽しめるほどになっている。

ということは、私が最も認めたくない本当の自分を、
今の年齢の私なら愛してあげられるのではないかと思う。
そういう時がようやく来たようだ。

長く生きてみるのも、なかなか良いものだ!

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心配性の非生産性

昨日、Aという心配事があり、それについてずっと考えていた。
結局、それは私が何かできることではなく、
当人が策を考えていたので、それで心配のタネは小さくなった。

それが判明した時、
Bという件が滞りなく済んだとラインが入った。

Aに気を取られてBのことをすっかり忘れていたが、
Aが無ければ、心配性の私はBについて、一日中心配していたと思われる。

つまり、心配事というのは心配するから生じるわけで、
心配しなければよい。
たとえ心配事が大事であっても、
自分自身のことでなければ勝手な取り越し苦労でしか無い。
心配性というのは、単なる自己疲労促進でしか無い。
眉間のシワも増える。

そんなこんなで、心配性、リジェクト!
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2018年10月06日

徒然

最近考えていること。
そろそろパラダイムシフトする時だな。

何を。
これまで良しとしてきた価値観を。
考え方を。
仕事の仕方を。

どうするか。
良いと思ってきた考え方やものを、あえて全て捨ててみる。
アップデートではなくリセット。

そんなことを寒暖の変化で着るものに悩みつつ、
考えている。

考えても仕方ないので、Do!
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2018年09月22日

経験すると余裕をもって対応できるけれども、結局はなんだか愚か。

自宅のwifiがまた動かなくなった。
過去のブログを確認すると、昨年の7月に動かないと騒いでいる。
http://bouchukan.seesaa.net/article/451711555.html

ソフトバンクに連絡し、交換用の機械が届き、設定し、
万事OK!

昨年はソフトバンクの機械を交換したが、それでも動かず、
NTTの機械も悪いというのでそれも交換し、のすったもんだがあって
回復までに数日を要した。

とにかくソフトバンクにしてもAPPLEにしても
電話連絡が容易でないのが面倒くさい。
電話の予約をする、という過去にはなかった手続きが必要だ。

昨年はそれらも初めてだったので、すったもんだしたが、
経験するとこちらも余裕がある。

機械が動かないときはどうやって試したらよいかとか、
交換の手続きをするのにどうやって連絡したらよいかもわかっているので、
なんとかスムーズに交換できて、
我が家のwifiもとりあえず復活。

便利になったようで、実はそうでもない。
IT機器に弄ばれる愚かな「人間さま」状態。
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2018年09月19日

九つの峰に守られている呉

広島空港で呉行のリムジンバスを待つ間に、もみじ饅頭。
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呉駅で家族と待ち合わせ、
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まずは、腹ごしらえに。
以前Jステーションで(懐かしい!)紹介されていた、
呉服屋さんが営んでいるカフェに行きたいと、
音戸という島へ。

海沿いを走ります。
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音戸大橋を渡って、島の小さな路地にカフェ。
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天仁庵。
http://tenjinan.jp/

ランチをいただいたのですが、この手前のお茶がとっても美味しかった!
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島に渡るのに、音戸大橋という昔からの橋と、
渋滞緩和のためにできた新音戸大橋とあるのですが、
音戸大橋を利用。

手前の下から写っているのが新、
先の橋は旧 の橋。
仲良く並んでいます。
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そして、また呉市内へ。
海上自衛隊の船を見ながら。
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久しぶりの呉の街。
呉線も復旧してよかった(´;ω;`)ウゥゥ

フライケーキか、びっくり饅頭か、悩んで
エーデルワイスのクリームパイ。
http://www.ownerchef-sweets.com/hiroshima/edelweiss/

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街を歩く人が少ないのが、寂しいけど、
呉の街はいつも懐かしい。
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2018年08月27日

人生の指針

ぐうたらな性分ながら、できればいろいろなことをちゃんと
行いたいと日々思っています。
できているか否かはおいておいて。

「継続は力なり」は、常に心に留めている言ですが、
冒頭の思いを、何か言葉にできないかなと何とはなしに探索していたら、
見つけました。

清里の清泉寮を再建されたポール・ラッシュ博士の言葉。
ポール・ラッシュ博士は立教大学でも教鞭をとられた先生。
この銅像に書かれている言葉を読んで、感激しました。

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“Do Your Best and It Must Be First Class”
〜最善を尽くし一流たるべし〜

http://www.keep.or.jp/place_event/paulrusch/dyb.php

座右の銘にしたいと思います。

学位授与式で、立教大学の当時の総長が
「研究者は謙虚であれ」とおっしゃった言葉も思い出されます。
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2018年08月16日

8月半ばを過ぎると陽が落ちるのが早くなる。19時前の様子。

滅多に行かない恵比寿。
19時前のビストロ、すでにほぼ暗い。
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夕方は涼しくなって、虚弱体質の私でさえ、
散歩でもしてみようかと思うほど。

出番を待っている屋形船。
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空には三日月。
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テレビでは高校野球の甲子園が熱い。
勝敗が蓄積され、試合が熱ければ熱いほど、夏の終わりが近いねと感じる。
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2018年08月01日

8月です

せっかちな性分で、先手先手を考えようとするものなので、
8月になった途端に、夏の終わりを感じる。
そう感じるのは、私だけだろうか。

昼間は無茶苦茶暑いが、夕方になるとなんだか涼しいような気がする。
8月になったからか。

新橋から散歩しながら帰る夕方の道。
黒革の手帳的な銀座の路地に、
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勝鬨橋の南側の風景に、
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ああ、夏が終わるなーーーと思う。
胃腸イタイ事件で、イタイイタイと言ってる間に私の夏は終わってしまった。


せっかちで先走る性分ではあるが、
しつこくしぶとくしがみつく性分でもあるので、
夏の終わりのこの8月に、まだまだと逝く夏を引き留めて、
エンジョイしたいものだ。

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2018年07月07日

これ以上被害が大きくなりませんように

東京では夏日が9日間続き、虚弱体質の私は息も絶え絶えになっていた。
ようやく雨となり、少し過ごしやすくなったと安堵していたら、
西日本では、それどころではない大雨で、昨夜からびっくりしている。

とにかく、大きな被害にならないようにと祈っていたが、
SNS情報では、私の広島宅のあるあたりもなんだか大変なことになっている。

母の安否を確認し、弟にもラインをし、
一番危ないのは我が広島宅だ。
(それぞれ住んでいるところが違う)

幼なじみのO君に、仕事帰りに我が家のチェックよろしく!とメッセージを送ると、
おまえの家は大丈夫だと返信。

安堵したものの、メッセー時には、
O君が自宅に帰れず(道路が封鎖しているらしい)、
結局、我が広島宅の近くの友人宅に泊まっているというのだから、これまた大変だ。

朝からニュースでは、あちこち土砂崩れと報道があり、
心を痛めている。

思い返せば2014年にも広島市は安佐南区で大きな土砂崩れがあった。
http://bouchukan.seesaa.net/article/405329030.html

あっという間に「日常」が流れ去る。
こうした自然の猛威のたびに、自然の大きさを再認識する。
人間なんて、ちっぽけなもんだ。
それと比較したら、おそらくAIなんて、たいしたことではない。
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2018年05月21日

You can't handle the truth!

トム・クルーズの映画に『ア・フュー・グッドメン』(A Few Good Men)がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ア・フュー・グッドメン

米海軍の弁護士として、トムは若い海兵隊二人の弁護をする。
ネタバレになるので、ご了解いただきたいが、
要は、成績の良くない海軍兵を邪魔だと考えたトップが、
若い海兵隊二人に、通称コードR(CODE RED規律を乱す者への暴力的制裁)の遂行、といった指示を出す。

若い海兵隊二人は、指示は絶対であるため、従う。
結果、運悪く成績の良くない海軍兵は、命を失ってしまう。
というもの。

弁護士であるトムは、指示したでしょ、と法定外でトップに詰めよる。
が、ごまかされる。
そこで、トムは法廷で、トップの自尊心をくすぐり、証言を引き出すという話。

軍の規律か、人の命か。そこにギャップがある。

日本大学のアメフトの一件、明日夕刻に、タックルした学生が記者会見とのこと。
自分で勝手にタックルした、と言えば自分が悪いし、
指示してやった、と言えば、チームの規律と社会のギャップをあからさまにすることになり、
どちらにしろ辛い立場だ。

彼の記者会見を決めたのは誰か?
本人か、大学か、監督か。
20歳そこそこの若者に、すべてを託すのは、大人の逃げではないか。

ちなみに、上記の映画、海軍のトップがトムに言う。
「You can't handle the truth!(『おまえに真実は分からん!』)」

アメフトの一件だけでなく、今の日本のその他のいろいろでも
偉い人が言いそうだ。
偉い人には、わかるように話してほしいものだ。

そして大学生も、大学生という立場は、もう大人で、
何かあればこうして矢面に立つことになるということを理解しておかねばならない。
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2018年04月21日

一所懸命

遠い昔、M社で副社長までなさった方が雑談でおっしゃっていた。

手を抜いて8の結果を出すAさんと、
一所懸命やって8の結果を出すBさんがいれば、
企業はBさんをとりたい。

ということを。
若かった私は、手を抜いて8のほうが、
他の仕事もできてよいのではないかと思ったのだが、
最近、この意図がわかってきた。

「手を抜く」や「一所懸命」という目に見えない空気は、
他者に影響を与えるのだ。
風邪がうつるように、その姿勢というのは蔓延する。
「一所懸命」の「8」は、
他の仕事や将来の仕事の結果は乗数で増加する可能性もある。
他方で「手を抜く」行為は、引き算どころか割り算で減少するリスクもある。

私は齢を重ねたそこそこの大人ながら、人間がまだできていないので、
清濁飲み込むことができず、
老若男女関係なく「手を抜く」人と一緒にいると、
自分が腐るような気がする。
仕事であっても、そういう人とは一緒にいたくない。

暑苦しいまでの「一所懸命」な人が愛おしいし、
私もそうでありたい。
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2018年03月14日

毎年の3月

【なんのことはない、私の覚書のような記事なので、興味ある方のみお読みください】

先日、タイのお土産をいただきました。
マンゴーケーキ。
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台湾のパイナップルケーキの模倣らしい。
そういえば、昨年3月に、本当は台湾出張に参るはずで、
諸般の事情で急きょ、取りやめたので、
同僚がお土産にパイナップルケーキを買ってきてくれたのを思い出しました。
http://bouchukan.seesaa.net/article/448794919.html

改めて振り返れば、
今年の2018年2月3月は、出張でバタバタし、
昨年の2017年同時期は、娘の留学と父の人生の最期で右往左往し、
一昨年の2016年は、神奈川から東京都への引っ越しでガタガタし、
その前の2015年は、私自身の転職であれやこれやあり、
その前の2014年は、娘の進学と神奈川への引っ越しでなんだかんだ、と
とにかく2月3月は忙しいというか、気ぜわしい日々を過ごしているようです。

以上、なんのことはない、私の個人的振り返り。
失礼しました。
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2018年02月20日

二か所のパワースポット

やはり池袋。
立教大学の美しいキャンパスはもちろんだけど、
メトロポリタンホテルも元気になる。
久しぶりに同ホテルのロビーへ。

懐かしい・・・頑張ろう。
あの頃のように。と思わせてくれる。

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そして、三田。
この横断歩道から見る東京タワーは、
AKBの「恋するフォーチュンクッキー」の歌がBGMとして脳内に流れ、、
あきらめないことが負けないことと、元気が出る。

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以上私のパワースポット二か所。
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2018年02月03日

2018節分

明日は立春。
いよいよ暦の上では春です。

よって、その前日の今日は季節を分ける日で、
鬼は外、福は内です。

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そうはいえ、私もそこそこの年なのだから、
自分の内の鬼は消化させ、
他者の鬼も引きうけて昇華させる、
それくらいの度量を持った人間になりたいものです。
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2018年01月28日

生麦生米生卵

キリンビール工場見学のために、生麦駅へ。
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早く着いたので、カフェで時間調整をしようと思ったのですが、
全く無く・・・

今も何もないということは、当時はもっと何もなかったわけで、
生麦事件のイギリス人も、まさかこのようなところで、
あのようなめに合うとは思わなかったことでしょう。

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大名行列の時には、端に寄らねばならない、というのはローカルなルールで、
ダイバーシティが進むと、マッチしない、というか理解されない。

今の日本も、同じかもしれません。
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2018年01月03日

私の「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」

久しぶりに、中島敦の『山月記』の言葉を思い出した。
「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」。

タスクに追われつつ、年末年始のゆっくりで、
ちょっと自分を省みている機会を得ているからかもしれない。

ああ、私の「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」よ。

ブログを振り返ると、この文言を心にとめた直近は、
なんと、2009年12月。
http://bouchukan.seesaa.net/article/135404294.html

博士論文の口頭試問の後のよう。
そこから走り続けて、9年。
ようやく、ちょっと立ち止まる余裕ができたといううことだろう。

そして、何年経っても、何歳になっても、
相変わらず私の「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」は
私の中に居座っている。
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2017年11月21日

するかしないか

自営でコンサル業を営むとある方の、顧客増が目に見える。
世の中には、仕事が取れなくて四苦八苦している人も多い中で。

どのように仕事を増やしたのですか?と尋ねると、
人の集まる場所に毎日のように顔を出したこと、
(東京では必ず何がしかの会合が、多々ある)
そして、
有言実行を積み重ねて、信頼を得てきたこと、
と言う。

なるほど。

自分のことは棚に上げて恐縮だが、
カッコいいことを公言しつつ、仕事をしない人はいる。
有言実行というのは、現実社会では、稀有だ。

有言不実行よりは、
何も言わずに、何もしないままの方が、
まだマシかもしれない。

するかしないか、これに尽きる。
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2017年11月12日

「べき」とか「ねば」とか

一仕事の大きな山を越えて、一段落したからか、
私の心身から、やる気と覇気が、全く無くなった。
忙しくて疲れたのもある。

マツコデラックスさんも入院とニュース、
彼女(彼?)と私の忙しさや社会的影響度は異なりすぎて、
比較するのもおこがましいが、
やはり疲れたら体が悲鳴をあげるらしい。

そうはいえ、やらねばならない仕事はある。
この「〜しなければ」とか「べき」の言葉が曲者と、
友人からアドバイスを受けた。
なるほど。
こうして自分のあるべき姿を規定するのは、心にストレスなのかもしれない。

しかし、向上し成長するには、勉強したり仕事したりするのは当然。
よく言われるのは、友達が遊んでいるときや寝ているときに、自分は精進した、というようなことだ。
これが楽しみながらできているうちはよいのだろうが、
「べき」とか「ねば」とか言いながら、自分を強いると、
形が変わってくるのかもしれない。

そういえば、綾瀬はるかちゃんの日テレのドラマでは、
http://www.ntv.co.jp/okusama/
世の悪を罰する主人公が、必ずその対象者に
「〇〇すべきだ」のようなことを言う。

ちょっとこれが違和感。
水戸黄門の立場とは異なるのだから、
悪いことをした人は、この街から出ていくべき、は言いすぎかなと。

自分に対して使う「べき」とか「ねば」は、
苦しいながらも自己成長につながる可能性もあるが、
他者に対して使う「べき」とか「ねば」は、
余計なお世話になるのだろう。

と、いろいろ反省しながら、やる気や覇気が無いまま、
ダウンしている。
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2017年08月20日

万象皆師:他者の認識は、自らが生み出す

先般、とある共通の知人について、斜に構えているよねと話したところ
仕事仲間曰く、
「僕は、斜に構える、ということを自分がしないので、よくわからない」

なるほど。
確かに彼は、心根の真っすぐなナイスガイなので、
彼から「斜に構える」態度や考え方に触れたことはない。

そういえば、遠い昔、まだ私が若かったころ、とある共通の先輩を怖い、と話したところ、
当時の友人より
「人を怖い、と思う感情が無いので、よくわからない」
と言われたことを思い出した。

なるほど。

ちなみに、私は残念ながら「斜に構える」といった面はあるし、
他者を「怖い」と感じる感情を持っている。
(加齢とともに、怖いと感じることが少なくなってきましたが)

つまり、他者に感じる感情は(斜に構えるは悪口ではなく、面白いね、のような感じではある)、
総て自分から生まれているものなんだな。

などと、学んだ。
万象皆師。
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2017年07月30日

ガツガツの方向の確認と、コツコツの重要性

この記事は自らの反省と、覚書のためのものなので、
全く面白くないです。
読み続ける場合は、それを承知なさって。

*****
ガツガツと音がするほど仕事をすることはよいことだ。
ただ、このガツガツは自分の中で自分に向かってガツガツ精力的に、という意味である。

これが、いかに自分が仕事をしているか、どれだけの結果を残しているかを
他者にPRし始めた途端に、そのガツガツは魅力が半減する。

おそらく一流のアスリートは、自分の練習量やその苦労など口にしないだろう。
また様々な記録も、コツコツの結果であって、記録を自ら流布はしないだろう。
素晴らしい記録や結果は、おのずと他者が言い繋いでくれる。

といったことを最近非常に感じている。
そして自らの反省の辞。
ガツガツ(そうたいしたものでもないのに)を人に話しているし、
かつ、ガツガツ仕事することを、人に強要していたなと。

ということで、男は黙ってサッポロビールのように、
女は黙って白ワイン。
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2017年07月03日

他人のふり見て我がふり直せ

先日、とある小料理屋で、待ち合わせた相手を待つ間、
そこの大将と、たまたまカウンタすーで隣に座っていた(私と)同世代と思われる女性と
雑談になった。

陽が長い、などの話から、大将が、
以前スイスで修行していて云々と話し始めたら、
隣の同世代の女性が、
「わたくしも若いころフランスに2年住んでおりまして・・・」
とフランス話が始まった。
大将のスイス話は、それ以降話す暇がなかった(笑)

何か面白いオチでもあるのかと、ふんふんとうなづきながら聞いていたら、
会社があてがってくれた部屋が、いかに立派で高級であったか、という内容だった。

同世代と思われるのだから、その話は四半世紀程度前の昔話だ。
彼女の高質そうなスーツや、今も仕事をしているのであろう雰囲気ながら、
そのフランス在住時代が、彼女の頂点であったのだろうと推察された。
勝手な推察ながら、ちょっと残念だった。

それにしても悲しいかな、人間というのは、ついつい「自慢」というものをしたくなる。
彼女の「パリではわたくしは・・・」の言動が忘れられず、
私は、他人のふり見て我がふり直せと、非常に反省をしながら帰途についた。

こんなにがんばっています!
こんなこともしています!
こんないいことがありました!

のようなことを、ついつい書くのがSNSで、
だからかもしれないが、最近はFB利用者がずいぶん減ったように思う。
SNSなんてのは、上手に情報収集しないと、自慢話の羅列になる。

と、こうして書きながら、わかっています。
一番反省しております。
このブログでは、ついつい書いてしまいます。
嬉しかったこと、良かったこと、聞いてほしいこと。
すみません。

めったに自慢することがないので、たまにあったら、書かせてやってください。
せめて、せめて、オチもつけます。
笑いがとれたら、許してね。
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2017年06月23日

見えざる力

昨夜、父が夢に出てきた。
「お父さん、お父さん」と何度も何度も呼んで、腕もつかんだのだけど、
父は向こうに行ってしまった。

もしかして母に何かあったのかと、今朝、母に早朝ながらメールしたら、特に何ごともなく、安心した。
母が「(夢の中の)お父さんはどうだった?」と聞くので、
「元気そうだった」と答えた。
そうだ、夢の中の父は、亡くなる前の痩せ細って弱って辛そうな父ではなく、
元気で颯爽とした父だった。

生きている頃の父とは、たいして仲良くもなく、
どちらかというと、親への反発心が、私のモチベーションだった。
(いい年して大人げないが)
亡くなって会えない今のほうが、父と近い感じがする。

父は私に少しだけプレゼントを持ってきてくれた。
なぜか私は、起きてすぐパソコンを開き、
ここ一年、ずっと悩んで途中になっていた論文に加筆しはじめた。
寝ぼけ眼で。
ずっと悩んでいた理論展開が、なぜか閃いて、書けたのだ。
びっくりだ。

また、ちょっとだけ職場でもよいことがあった。
かつ、たまたまゼミ生と行った図書館で、研究に必要な書籍を偶然発見できた。

これら三点、父からのプレゼントだと思う。
ありがとう、お父さん。


そんな父との出会いを懐かしくも不思議に思っていたところの麻央ちゃんの訃報。
先週、海老蔵さんの歌舞伎を鑑賞し、海老蔵さんご家族についてブログを書いていたばかりの私は、
全くの他人ながら涙にくれている。
そうはいえ、きっと麻央ちゃんも、父のようにご家族の夢に元気な姿で会いに来てくれるだろう。
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2017年06月07日

❝願わくは花のもとにて❞

PCが壊れたとか、ゼミ生がどーだとか、ワインを飲んでなど、
日々の普通ながらもせわしい暮らしの中で、ああ、少し忘れていたんだなと、
日曜日の朝刊(日経新聞、6月4日ね)で気づいた。

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村山由佳氏も4月の桜のころにお父様が逝ったとのこと。
お母さまが施設に入っているので、お父様は一人暮らしで、
元気かと久ぶりに様子を伺いに実家を訪ねたら、倒れていたとのこと。

村山氏は、死ぬとき健康でどうする!と最後まで煙草好きだったお父様のために、
お仏壇には線香の代わりに煙草をくゆらすとのこと。

ああ、私の父も酒と煙草が大好きで、
最後の退院をして家に着いたら、
玄関までは母と義妹に支えられながら歩いていたくせに、
そこからはスタスタといつもの煙草吸い場に行ったというのだから、
笑わせる。

そんなことを思いあわせて読んでいたら、新聞の文字がにじんだ、

今日7日は、わが父の月命日。
お父さん、二か月経ったよ。
そっちの世界でお酒は美味しいかい?
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2017年06月03日

♪ありのままで

昨日、企業の方がゼミ生にアドバイスされていた中に、
カッコつけずにありのままで、というフレーズがあった。

琴線に触れた。
これだ!最近の私の自分に対する不満の解決は!
必要以上に自分を大きく見せようとするあまりに、
ほころびが出て自分がつらかったように思う。

ということで、私のこれからのモットーは「ありのままで」

せっかくだからとyoutubeでアナと雪の何とかの
松たか子さんの歌を聴いた。

せっかくだからと一緒に歌ったら、咳込んだ。
高音は、ありのままの声では出ない。

足るを知るとか、分相応とか、っていうのはこういうことなのだなと、
咳込みながら理解した。
私の歌える音階の歌を、朗々と歌おうではないか!
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2017年05月01日

人生に乾杯を

また訃報が届きました。
私が年を取ったので、周囲もそれなりに齢を重ねているので、
死が近いというのもありますが。
それにしても50代では早い。

コーヒーカラーの「人生に乾杯を〜別れの曲〜」を、
逝ってしまった仕事仲間たちに贈りたいと思います。
https://youtu.be/prmXQaZtdg4
posted by H.A at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月24日

ちゃんと生きること

今年の父の日からは、私には感謝しプレゼントする相手がいない。
とても寂しいことだ。
では昨年までどうだったかというと、
父の日や母の日を、覚えていたら適当に何か見繕って贈るくらいで、大したことはしていなかった。
親不孝このうえない。

親というのは、ずっと生きているものだと思いこんでいて、
いなくならないと、その大事さに気づかない。
な、と思いながら帰って、久しぶりにFBを覗いてびっくりした。

私と同い年の、同業の女性のK先生が亡くなっておられた。
死因は乳がん。
この四月から社会人となったお嬢様が、お母さまのFBに
その旨を書き込んでおられた。

K先生は、私が広島ホームテレビのJステーションのコメンテータをさせていただいたが、
その前任者であった。
なかなかお会いする機会がなかったが、
昨年、敬愛大学で行われたシンポジウムを聴きに来てくださり、
声をかけてくださった。
http://bouchukan.seesaa.net/article/439364046.html
http://bouchukan.seesaa.net/article/438898576.html

一緒にカープの試合を観に行きましょう、と話していたが、
結局、行っていない。

生きとし生けるものは、命に限りがあることを、改めて認識した。
ご冥福をお祈りする。

生きているものは、ちゃんと生きなければ。
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2017年03月29日

やめる勇気

桜の便りが届く中、痛ましいニュースが流れる。

雪山で雪崩で亡くなった高校生さんの事故も、
安旅行会社「てるみくらぶ」の破産も、
途中で「やめる」という決断をしなかったことが要因だろう。

しない後悔よりはして後悔するほうがよいは、スタート時。
「する」という決断よりは、
走り出した後に、慣性の法則に抗ってやめると決断することが、
一番難しいのだと感じている。
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2017年03月08日

無力であること

昨日は私にとって非常にタフな日であった。
自分が辛いことは、あるいは頑張ればなんとかなることは自分が努力をすればよいが、
私には何ともできないことで、心を痛めたというか、寄り添おうとした一日だった。

朝4時起きにはじまり(小心者なので、余裕をもって早く起きる)、
旅立ちにエールを送り、
その後、一人でうるうるしていたら、
命の決断の確認の電話があり。
そして夕方には、命の限界の予測の連絡もあり。

穏やかな状態の心とはかけ離れたままの一日だったが、それはしばらく継続するだろう。

そんなこんなでおたおたしていると、友人から
一昨日のプロフェッショナルの「無力であること」の言葉が送られてきた。

自分が何とかしようなんて、不遜なことのこの上ない。
支えようとしている私こそが、支えられていることを自覚して、
たおやかにしなやかに受け止めたいものだ。
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2017年02月28日

give and give

無意識のgive and giveを具現化できる友人Nちゃんがいる。
Nちゃんは私と年齢も出身大学も同じ、家族構成もよく似ていて、背格好もほぼ同じ。
しかし、内面が明らかに違う。

私は悲しいかな、give and giveを無意識にすることができない。
意識してもできないし、takeを求める。
恥を知れと、自分に喝を入れたいくらい、私は自己中心の具現化だ。

Nちゃんにはよく遊んでもらうが(飲みに行くが、かな)、彼女の考え方に触れることで、
少しは私も人間的に成長できるのではないかと期待している。

さて、最近、仕事で知り合った某公務員の女性の方Oさん、
この方も無償の愛をくださる。
公務員なので、市民県民国民のための仕事が仕事だと言ってしまえばそうだけど、
そうした計算はおそらくOさんにはない。

Nちゃん、Oさん以外にも、私に人間としての生きざまを教えてくれる人はいる。
学生から、特にゼミ生からも学ぶことは多い。
ありがたいことだ。

優しい人になれますように。
強い人になれますように。
雨の日でも、お日様のような人になれますように。

一番なりたいのは、そうしたことを全部兼ね備えた、魔女。
なんじゃい!
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2017年02月14日

「草枕」に寄せて

最近考えること。
「智に働けば角が立つ。
 情に棹させば流される。
 意地を通せば窮屈だ。
 兎角に人の世は 住みにくい。」
夏目漱石さんに一票。

バレンタインデーなのだから、
国生さんのバレンタイン・キッスくらい歌おう!
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2017年01月29日

同一ワインを10年分飲み比べることにみる所感その1

アルコールの話はここには書かないようにしているのですが、
このたび参加したワイン会は、日本の白ワイン、同一銘柄の10年分を
飲み比べてみよう、というもので、非常に興味深かったので、
ちょっと書きます。

現在、同僚と行っている酒蔵企業の市場拡大戦略研究で学んだことに、
とある社長さん曰くの「日本酒は毎年同じ味にしなければならない」ということ。
それと比較して、ワインは年による違いが所与とされていると。
日本酒造りもご苦労も慮りつつ、
(毎年同じ味にすることがそもそも可能なのか否か、
そうした技術的なことはさっぱりわかりませんが)
となると、ワインの年による違いというものも気になります。

あちこちで行われているワイン会は、いろんなワインを飲み比べてみよう!
的なもので、なかにはとても高価なワインを飲む会もありますが、
このたびのワイン会はワイン好きな方による個人的趣味で集められたワインを
お店を借り切って飲もうではないか、というもの。

といった内容も知らず、仕事でお世話になっている人から、
ワイン会があるから行きましょう、
仲間も紹介したいし、ということで、、はるばる横浜まで行ったのでした。

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(続く・・・)
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2017年01月26日

二つの道

気になって一年前に出版された雑誌を取り寄せてみた。
ギャンビットのMEKURU VOL.07 (小泉今日子)。
50歳になったキョンキョンが自宅でノーメイクで映っているとのこと。

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バツイチで一人暮らしで、広い部屋、お洒落でセンス良い家具。
優雅だ。
周囲の人へのインタビュー記事などもあり、総合してみると、
充実した仕事と楽しい飲み仲間と読書と、独り身の自由と・・・
こういう人生もある。

他方で、先般観た日テレの「市川海老蔵にござりまする」。
病気と闘う真央ちゃんがいじらしくて可愛くて、
その後は彼女のブログをチェックし、応援している。
なんとしても病気に打ち勝って、ご家族のもとに帰ってほしいものだ。
実は優しくて良いオット&良いパパの配偶者と、可愛い二人のお子さん、
こうした家族に囲まれるという人生もある。

両極端な2つの人生の事例。
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2016年12月31日

我儘とは何か、自由宣言

幼い頃より「我儘を言うな」と育てられてきた。
それにしても我儘とは何だろうか。

辞書的には(goo辞書によると)
我儘は
@[名・形動]自分の思いどおりに振る舞うこと。
 また、そのさま。気まま。ほしいまま。自分勝手。
 「我が儘を通す」「我が儘な人」
A[連語]《代名詞「わ」+助詞「が」+名詞「まま」》自分の思いのまま。

自己主張をすることが我儘であるならば、
我儘は悪いことではない。

和を重んじる日本文化は、他者とことなることをすることを
悪しきものと阻害してきた。
国境を越えた生活が日常となる現代では、自己主張をしないことは
不本意な結果の連続を良しとすることを意味する。

他者を傷つけたり、誰かを貶めたりしての自己主張は我儘を超越して悪事であるが、
自分の責任において、ある程度の規律をもって、自己主張し自由にふるまうことは
あるべき姿だと思う。

冒頭の子どもに向かっていう我儘、
これは親の意図と反することを子どもが主張した時の親の禁じ手だ。
ロジカルに考えれば使わないほうがよい。
しかし、恐らく多くの大人が、「我儘を言うな」と言われて育ってきている。
世の中は不条理であることを幼くして学んでいるのだろう。

私は、ここまで大人になったのだから、
我儘でありたい。
そしてそれに相応する責任はちゃんと果たすことで、自由でありたい。

2017年からは自由人間として生きます。
(今までも十分に自由奔放ではないか、という声も聞こえるが、
 これでも嫌なことも耐えてきたのですよ、義務とか慣習に束縛されて)
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2016年12月26日

マインド・セット

会社員を辞め、起業してベンチャー企業を経営している人が、
一番難しかったことは、マインド・セットだと言っていた。
雇用される側から雇用する側へのマインド・リセットだ。

これまでは、黙っていれば仕事は降りてきたが、
起業後は、自分で見つけて取りに行かないと無い。
これまでは、お金の授受は、経理が請求や振り込みをしてくれていたが、
起業後は請求書を作り先方に送らねばならない。

受け身ではなく、自ら創り出すという心の持ち方を変えるまでに
苦労したという。

これは、起業だけでなく、人生のあらゆる面でも必要な苦労だろう。
例えば、高校生から大学生への違いは、
まさに「教えてもらう」から「自ら課題を発見し学ぶ」ことであり、
意識改革が必要である。

就職なんて、お金を払って学んでいた時と比較し、
大幅なマインドセットが必要だ。
後輩から先輩になった時、部下を持ったとき、
部署が変わった時、出向した時ももちろんだ。

結婚した時も然り。
子どもが生まれた時も然り。

老いていく親との関係、
我が子が巣立っていく時、
我が子が結婚して新たな世帯を持つ時、
あらゆる場面で、気持ちの持ち方の変革が必要だ。

いつまでも若いわけではないし、
いつも傍にいた人が、いつまでもいてくれるわけではない。

マインドセット、言葉にするは容易ながら、
実行ははなかなか難しい。
そして時代と外部環境の変化による、マインドリセットの不履行は、
自分も他者をも不幸にする。
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2016年05月29日

一昨日の歴史的な日

アメリカ大統領が被爆地の広島市を訪れた2016年5月27日金曜日は、
歴史的な日となった。

これについては評価する一方で政治的パフォーマンスだなどと、
いろいろな意見があるようだが、
私は広島市、長崎市以外の日本人が、原爆について知る機会となったことに
大きな意義を感じる。

というのも、以前より被爆地は広島市であって、日本国であるという認識が、
広島・長崎出身でない人は、無いように感じていたからだ。

オバマさんが平和記念公園を訪問する日の朝のキー局の情報番組では
「広島の人」はどうとらえているか?とのテーマで
話が進んでいたことなどが、その証である。
「日本人はどうとらえるか」に、なぜならないのか。

繰り返すが、被爆地は広島市ではあるが、日本国の広島なのだ。
その認識が多くの日本人にないことが問題なのは、
原爆投下による被害や愚かさを他人事と捉える日本人が増えることにより、
原爆投下を引きおこした戦争を是とする気運が出てくる恐れがあることだ。

戦後71年を過ぎ、8月6日も、広島市では大きな祈念日だが、
それ以外の日本では、一部を除いて夏休みの一日として普通に時が流れる。
8月9日も15日も然りであろう。

オバマさんの英断により、「ヒロシマ」が過去にないほど全国ニュースになった。
平和教育を行う自治体が少なくなる中で、
戦争をしてはいけいない、ということを多くの日本人が、
再認識できる機会となったという意味でも、
2016年5月27日金曜日は意義ある日だったと思う。
posted by H.A at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月21日

視点を変える

友人、知人の悩み事を聞く機会が、ここのところ数回あった。
本人はどーんと落ち込んでいて、四面楚歌、八方塞りのような感じだ。
おそらく私もその立場にあれば、同じように悩みのど真ん中にいたと思う。

少しその場から離れた立場で見ると、そこまでの八方塞りではないと思われる。
本人が言うほどアンハッピーではないし、恵まれていないわけではない。
視点を変えればチャンスでもある。

また、どうしようもなければ、思い切って今の状態を断ち切り、新たな場で改めて挑戦をすれば良い。

自分のことだと、なかなか俯瞰して現状を捉えることはできないし、拘りがあればあったで方向転換の踏ん切りもつけにくいが、
あなたの人生、十分恵まれているよと、友人知人に伝えたい。

ということを、私もどーんと落ち込んだ時に読み返して、せめて自分だけは自分を、可愛がってあげたいものだ。
posted by H.A at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日

実力の有無

テレビを見ていて思うこと徒然。

歌番組で下手な歌い手の唄を聴くと、悲しくなる。
若手だと、早く別の道を考えたらどうかと思うし、
過去に上手だったベテランであれば、なぜ鍛錬を怠ったのかと怒りを感じる。
それを生業にするからには、恥を知れ!

お笑い番組では、お笑い芸人さんの実力が顕著にわかる。
ちゃんと喋ることができる人、勢いだけでちょっと売れてしまった人と
その差はあからさまだ。
勢いだけでちょっと売れてしまった人を見ていると、悲しくなる。
恥を知れ!と喝破できないくらい気の毒だ。

歌は真面目に練習すれば、それなりに上手くなるというか、
こなれてくる伸びしろがあるが、
お笑いは、持って生まれたセンスや、
その人の醸し出す雰囲気やたたずまいが関係してくるだろうから、
後付の努力が実る幅は小さいのではないか。
ならば、早々にもっと違う道を見つけたほうが良い。

などと、こうして人のことを、それもテレビの向こうの人のことを
批判する私はどうなのか。
と、戒めて反省して、生業としている仕事が恥ずかしくないものであるように、
力をつけたいものです。
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2016年02月23日

ストイックその1

何かの雑誌をパラパラ見ていると、篠原涼子さんの雑文があった。

その内容は・・・
昨年は映画やドラマに忙しく、あっというまの一年だった、
今は少しゆっくりしている、
体形維持のために我慢していたラーメンやスイーツを食べたいな!
とのこと。

やはり、そうか!
あの体は普通の生活で創られるものではない!!!
イチローが人の何倍も素振りをしたように、
カズがトレーニングを欠かさないように、
篠原涼子も食べ物をセーブしている。

ということが分かって、なぜか安心して、そこで終わる自分が悲しい。
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2016年02月08日

挫折

春を迎えるこの時期は、進路決定時だ。
具体的には、新年度のための入試や、大学生にはゼミ選択がある。

皆が皆うまくいくわけではないし、努力が実るわけでも無い。
残念な結果が定量的に明確であれば、あきらめもつくが(でも悔しいが)、
理由が価値観の相違であったり、決定者との相性であったりすると、
不条理で身が引き裂かれそうになる。

どちらにしろ残念な結果と言うのは、人間そのものを否定されたような気がして、
本人にとっては絶対的にショックだ。
特に順風満帆に人生を送ってきた優秀な人ほど、そのショックは大きい。

そりゃそうだ。
その時勝ち組でも、勝ったもの同士が集ってそこで選抜されると、
必ず誰かが負ける。

ただ、この挫折と言うのが、その後の人生のものすごい力になる。
いかんせん、ものすごい力になったなと気づくときは、次の試練を乗り越えた時であり、
時間がかかる。
それまでの間は、辛いし悔しいばっかりだ。

今、挫折を味わっている人は、どんな言葉も耳に入らないだろうが、
苦しみながらも負けずにあきらめずに前を進んでほしいものだ。
世の中でキラキラしている人は、挫折の経験数は超多いはずだから。
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2016年01月21日

安全はマスト、費用削減はウォント

軽井沢のスキーバス事故、仕事仲間(といっても人生の先輩ですが)のお嬢様の通夜が昨日行われました。
今日がお葬式です。

お父様は、お嬢さんの友人を優先したいと、
仕事関係の方の弔問はご遠慮願いたい、との趣旨でしたので、
弔電にて哀悼の意を示させていただきました。

昨夜、ニュースを手繰れば、お父様のメッセージを拝読できました。
こちら→http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160120/k10010379661000.html

抜粋すれば・・・
「今回の事故については、憤りを禁じ得ませんが、多くの報道を見ていると、
 今の日本が抱える、偏った労働力の不足や、過度な利益の追求、安全の軽視など、
 社会問題によって生じた、ひずみによって発生したように思えてなりません。」

「ぜひ、自分の身は自分で守るということを考えてください。
 優先順位を間違えないこと、
 安全は『マスト項目』であり、費用削減は『ウォント項目』であることを
 冷静に考えてほしいと思います。」

お父様とは、社会に役立つビジネスを…ということを共に考える仕事をしています。
企業の経済性と社会性のバランスのとり方の難しさを
一番わかっている方でもあるだけに、
メッセージの含意は奥深いと思います。

便利さと安さと安全とに絶対的な共存は無い。
人間の常なる努力と配慮と注意が必要なのでしょう。
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2016年01月04日

親孝行の罠

生まれた時は、誰かの親の子で、気づくと誰かの親になる。
親になったり、子になったりで、両方の立場がわかるようになると、
世間で言われている常識はに疑問をもつようになった。

というのも、親孝行しなければならない、という考え方、これはどうだろう?
人を苦しめる考え方なのではないか。
孝行なんてのは、頼んでしてもらうものでもないし、
嫌々、しなければならないからするものでもない。

そもそも親なんて未熟で、未熟なあまりに絶対的に小さくて弱い我が子に、
ひどいことをする人もいる。
それは親は忘れても、子は忘れない。

よって、そんな人に孝行するよりは、
自分を磨いて、世の中のためになることをしたほうが良いのだろう。

もしも親孝行の呪縛に苦しんでいる人がいたら、
昔の私なら「親孝行しなければ!」と言ったと思う。
今の私なら、気にすることはない、を言ってあげよう。

子どもが「親を捨てる」と言ったとき、
その時に、わかった、体に気をつけて生きていくようにと、
笑顔で送り出せる親こそが、親のできる最後の子育てなのだろう。



と、最近、いろいろ見ていて思うのです。よ。
いろんな考え方がありますからね、私は上記のように考えている、というところです。
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2015年12月11日

平生往生

ちょっと変なことを書きますので、お食事中の方はお気を付けください。

というのも、電車の中で以下の光景を目にした。
私の前に座っている女性が、耳の穴の中を小指でつついた後に、
その小指を口に持っていき、歯で噛み、
引き続きその小指を鼻に持っていき匂う、という動作を
右と左とで二回した。

びっくりぽんや。
おそらくその女性は誰も見ていないと思い、
日ごろしている動作を何気なくしたのだと思う。
しかし、私は横に立っており、見ようとしなくても目に入るので困った。

平生往生とはよく言ったもんで、日ごろの生活が何気なく出る。
彼女の動きを見て、他人事ではない、私も何かみっともないことをしているであろうと、
ちょっと怖くなった。

ドラマ「ドクターX」が再放送されていてて、好きなものだから、
再度観ていたのだが、米倉涼子の細さの要因があちらこちらに出てくる。
お肉好きの豪快な役どころなのだけれど、
昼食におうどんを食べるシーンでは、麺を一本ずつすすっていた。
(ボクサーがカロリー調整で行う手法だ。)
またパンを食べるシーンでも、1センチ四方程度にちぎって食べていた。
彼女の日ごろの節制の様子が、つい演技でも出てしまったようだ。

ということで、私は我が日常の動きを棚卸しして、
客観的に評価してみよう。
きっと驚愕の動作が発覚するに違いない。
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