2019年10月13日

感謝の気持ちは忘れたころに実感する

私は、両親の子どもであり、娘の親でもある。
親側、子ども側、両方の気持ちを、その時々に実感する。

先日、仕事仲間と予定以上に日本酒を飲みかわした。
その際、子育て真っ只中の仕事仲間より、
私の子育て中のことを聞かれた。

あの頃(30代ね)は、仕事しながら週末は大学院に通っており、
(広島から東京までね)
娘もまだ小さくて、
仕事が遅いときは両親が家に来てくれ、
大学院に行く金曜日は、両親が自宅に連れ帰り、食事やお風呂までお世話になっていた。

ということを仕事仲間に話しながら、
あの頃(30代ね)は、自分のことで精一杯で、
両親がしてくれたいろいろをちゃんと認識できずにいたことに気づいた。

あ、そうだった、お父さん、お母さんは、なんだかんだを私を助けてくれていたんだな。
ということに、
あれから20年経って、ようやく気付いた。

となると、親としては、子どもの自由気ままな行動や発言は、
過去の我が姿であり、許容すべきことなのだなと思う。

そう思うけれども、できるかどうかは、また別。
あら、困ったな。
posted by H.A at 19:00| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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