2018年10月09日

心配性の独り言

心配性だと書いたが、私の人生を振り返れば、
心配性が私の心の半分を占めていたなと思う。

心配の種類は大きく分けて二つある。

一つ目は、自分や家族、身近な人に対してだが、
命の危険。
これは、とにかくリスク対策をして、極力危険にあう機会を少なくする、ということで心配量を小さくするしかない。

二つ目は、自分。
思い描く理想の自分と、本当の自分とのギャップが心配だった。
もっと言えば、他者から見える私が、
理想の自分ではなく本当の自分であることが怖かった。

要は、カッコつけの見栄っ張り、ということだ。
今この歳になっても、そうなのだが、
心配性ということ気づいて、改めて自己を考えるならば、
その方がなんともカッコ悪い。

思い返せば若い頃は、仲良くなりたい人、という枠がとても小さかった。
勝手に自分で領域を設けて、好きな人以外は皆嫌い、のようなコチコチの心を持っていたように思う。

今は人生経験を積むとともに、仲良くなりたい枠がとても大きくなった。
多様性を認めるというか、楽しめるほどになっている。

ということは、私が最も認めたくない本当の自分を、
今の年齢の私なら愛してあげられるのではないかと思う。
そういう時がようやく来たようだ。

長く生きてみるのも、なかなか良いものだ!

posted by H.A at 12:39| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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