2018年10月09日

心配性の非生産性

昨日、Aという心配事があり、それについてずっと考えていた。
結局、それは私が何かできることではなく、
当人が策を考えていたので、それで心配のタネは小さくなった。

それが判明した時、
Bという件が滞りなく済んだとラインが入った。

Aに気を取られてBのことをすっかり忘れていたが、
Aが無ければ、心配性の私はBについて、一日中心配していたと思われる。

つまり、心配事というのは心配するから生じるわけで、
心配しなければよい。
たとえ心配事が大事であっても、
自分自身のことでなければ勝手な取り越し苦労でしか無い。
心配性というのは、単なる自己疲労促進でしか無い。
眉間のシワも増える。

そんなこんなで、心配性、リジェクト!
posted by H.A at 07:21| Comment(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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