2018年09月10日

ドラマ「この世界の片隅に」1945年8月6日のその後

TBSドラマ「この世界の片隅に」、いよいよ次回が最終回。
http://www.tbs.co.jp/konoseka_tbs/

前回は広島県は呉市を舞台にした話の中で、
隣接する広島市に新型爆弾が落ちたらしいが、よくわからなくて大変だ、
というこもごもが描かれていた。

呉市で生まれ育った私の父は、当時7歳。
原爆が落ちた翌日に、両親と広島市内に入った。
広島市内にいたはずの、一回り年の離れた姉を探すために。

呉駅から広島駅まで、今は電車で50分。

当時はもっと時間を要しただろうが、
8月6日の次の日は、当然そうした混乱で、列車は動かなかったらしい。
呉市から広島市の近くまで船で移動して、そこから随分歩いて広島入りしたとのこと。

幸いに父の姉(私にとっては伯母だが)は、
靴ひもを結ぶのにしゃがんでいて、壁の陰になり、
無事で、会えたらしい。
一緒にいたご友人は、お気の毒なことになったらしい。

広島市内に父の両親(私にとっては祖父母だが)が、娘を探しに行くことを決めた時、
近所の人は、7歳の父を、何が起きたかわからないところに一緒に連れて行くのはやめたほうが良いと、
置いて行けと、止めたそうだ。
祖父母は、何かあったら家族一緒に、と考え、三人で広島市内入りしたとのこと。

ドラマ「この世界の片隅に」を観ていると、
その時の祖父母の覚悟が推測される。

のんきに暮らしている我々には、想像すらできない覚悟であろう。

この話を父から聞いたのは、実は、父が亡くなる1年前。
ついこの間のことだ。

なぜか戦争の話は、父はしなかったし、私も尋ねなかった。
年老いた父は「広島市内はすごいことになっていた」とだけ言った。
posted by H.A at 19:00| Comment(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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