2018年04月08日

『夫の後始末』

『夫の後始末』(2017)曽野綾子著 講談社

母が父を自宅で看取ったその直後に、同書が販売された。
病院ではなく、自宅で看取ったというのは、
同居していない娘の私も想像できないくらい壮絶だったと思う。
よって、あまりに身近すぎて同書を読めなったが、ようやく手に取った。

アマゾンの紹介文を引用するに
「作家・曽野綾子が80代なかばにして直面した、90歳になる夫の在宅介護。
 工夫と試行錯誤を重ねながら、「介護とは」「看取りとは」そして
 「老いとは何か」を自問自答する日々が始まった。
 家族の介護をしている人も、これからするかもしれない人も、
 超高齢社会を迎えるすべての日本人に知ってほしい「夫婦の愛のかたち」がここにある。
 2017年2月の三浦氏逝去を越えて続いた、「週刊現代」大人気連載が待望の単行本化。」

人間とは愚かで可愛いもので、加齢しても、頭の中は20代のころだったりする。
少なくとも私は、ああそうか、とよく自分の年齢を再確認する。
しかし、最近はようやく「死」について考えるようになった。

数年前に、女子の先輩に
「何のために生きるか」と人生の目的を聞いたら、
「いつ死んでもいいと思って生きる」と答えが返ってきた。
http://bouchukan.seesaa.net/article/256976656.html

禅問答のようだが、最近は、この言葉をよく思い出し、
真意が心身にしみこんでいるような気がする。

悔いのない人生であるよう今を生きると同時に、
加齢による体の衰えをカバーできる準備を、
個人として自宅なり制度なりを整えておく必要がある。

死に様というのは、生き様であり、生きてきた全てがあらわになるのであろう。
少なくとも来世の自分に恥じるような「ざま」にはしたくない。
posted by H.A at 05:00| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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