2016年08月14日

『天才』

好好爺となった父は、読み終わった本を、会うたびに譲ってくれる。
少し前にもらった『天才』(2016)石原慎太郎氏著 を、
ようやく、移動時に読んでみた。

内容は、田中角栄氏が自らの過去を吐露する、といった一人称の物語。
字も大きいし、詳細な歴史本ではないので、
ざっくりした表現ではある。

最後の「長いあとがき」で、石原氏が、都知事の時にしたかったことが
いくつかできなかったと。
もしも、田中氏がその時、首相であったならば、相談に行けば「わかった」と
算段してくれてできただろうと。
書いている。

田中角栄氏のことは、よく知らないし、
政治の世界のことは秘密裏に進むこともあるから、
調べてもわからないだろうけれど、
田中角栄氏が、国家100年の計をもって、日本国を創設していったことは、いえると思う。

時代の違いもあるだろうけれど、泥臭い人ほど、大きなことができるのかな。
学歴なんて美しいものに彩られないほうが、よいのかもしれない。

賞与型の奨学金の検討も国としてなされているようだけれど、
そんな皆が大学出身者なんてことよりは、
学歴ではなくて、実力で活躍できる社会の価値観が、もっと強くなれば良いと思う。

なんてことを、私の職業で言うのは不適切だろう。

大学は知識だけでなく、知識を使う理論や、その根底となる哲学を学び、
コミュニケーション力を鍛え、いろいろな経験ができる時間であり、
よい場だ。
だけど、泥臭いものを、美しく仕上げてしまう場でもある。
それもよい。

だけど、泥臭いものにもダイヤモンドのような魅力がある。
今、社会がこじんまりとこざっぱりとする中で、
何か一発投じてくれるのは、泥臭い人なのではないかと思ってしまうのですよ。
posted by H.A at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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