2012年03月11日

この一球は唯一無二の一球なり

以前、敬愛する仕事仲間の先輩(女子)に、
「何を目的に生きているか?」と質問したら、
「いつ死んでもいいと思って生きている」とメールが返ってきた。



内田 樹氏は、『「おじさん」的思考』(2002)晶文社 の中で、
「幸福」を「死に臨んで悔いが無い」状態と定義している。
だから幸福な人というのは、快楽がいつか終わることを知っていて、
だからこそ、全ての瞬間を丁寧に生きる人、だという(p.95)。

その事例として、『エースをねらえ』の宗方 仁コーチの言葉、
「この一球は唯一無二の一球なり」を引用している。
宗方コーチは、テニスプレーヤー生命に終わりが来ることを予期せずに過ごしてきたことを恥じて、
愛弟子の岡ひろみに、上記の言葉で同じ失敗を繰り返すなと教えている(p.94)。
(余計なことですが、私は、
 『エースをねらえ』も愛読書で、机の引き出しに入っており、全てのセリフを覚えていました。
 コーチの名前には「仁」があるし、藤堂さんはかっこいいし!)

もとい。

そして内田氏は、終わりが来た時に、はい、と気楽なアクションができるのが幸福な人という。
反対に、じたばたする人は、丁寧に生きていないために「やり残した」ことがたくさんある人。
しかし、その人がその後に続けたとしても、結局あまり幸せにならないだろうと思う、と述べている(p.96)。


なるほど。
こうしたやり遂げた感、というのは人生だけでなく、仕事や恋愛なども一緒だろう。
定年が来たとき、別れが来たとき、終わりが来たとき、
「はい」と笑って言える幸せな人間でいたいものだ。

自分が幸せであってこそ、周囲の人も幸せにできるのでしょうしね。
posted by H.A at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック