2011年07月12日

無謀な青春

ある暑い日。
自動車を運転していた私は,
70メートル先の,大きな交差点を左折しようと,直進していた。
交差点の進行方向の歩行者用信号機が青から赤になった。
自動車用の信号機は青のままだ。
つまり,歩行者は止まり,
今まで歩行者が横断歩道を渡るのをじっと待っていた自動車が,
堂々と左折できるわずかな時間が訪れた,ということだ。

そこで私は,左折をするためウインカーを出し,
なめらかなコーナリングで交差点をカーブした。

しかし,しかしである。
私の左目が,私と伴走するように走っていた高校生カップルの自転車が,
速度を緩めないことをキャッチしていた。

???

彼らも,そのまま歩道を左折するのかな?
いや,この速度では左折できまい。
ということは,歩行者用信号赤で,直進ぶっちぎりをするということ?



私の推測は当たった。
そして私は,自動車が堂々と左折できるわずかな時間を,
加速度をつけた高校生カップルの自転車が無事行きすぎるのを
じっと待つ,ということを行った。


気に入らない。

危ないではないか。
だから,危ないよ!というサインで私は親切にクラクションを鳴らした。
しかし,無視され,カップルは前のみ見て,赤の横断歩道を突っ切った。

もし私が,左目で彼らの動向をキャッチできていなかったら,ぶつかるであろう。
未来溢れる高校生の身体は,どうなったかわからない。
しかし,それは彼らの自業自得だ。

同時に,運転時の注意不足で,私の未来もどうなるかわからなくなる。
ルール違反をした高校生のせいで,私の人生を棒に振るなど,まっぴらごめんだ。

もちろん,自動車は他者よりも人一倍(車一倍か?)に社会的費用を輩出しているので,
遠慮して走ったほうが良いと私は思っている。
だから,信号のない横断歩道等は,必ず止まって,
歩行者の方に「どうぞ!」と満面の笑みで,手まで添えて促している。

とはいえ,この場合一方的なルール違反だ。
ルールというのは,皆が各々譲り合うことを制度化したものだ。
これを破ると,秩序が乱れ,すべてが崩れる。


温厚な私も,暑さと,あまりの傍若無人な高校生の態度に怒り心頭に発した。
が,もともと温厚なので,まあ皆,怪我がなくてよかった,と思うことにした。
(無理して,努力して)





どこの小中高学校や大学でも,近隣の地域の皆様から,
そこに通う子供の素行などについて,
温かい苦情の電話等をいただくことがあるらしい。

なぜ学校に苦情?と思うが,こういう時にするのかもしれない。
制服はよく見えなかったけど,
おそらく広島市にある公立の中では,
一番偏差値の高いと言われる高校の制服だったのではないかと思う。

しかし,信号を守りましょう,ルールを守りましょう,というのは,
小学校までに学び,身体に覚えさせておくものだ。
幼いころの家庭での躾がモノを言う領域だろう。
だから,高校に電話するのは不適切だ。

でも,怒りがおさまらない人は電話するのだろうな。
その時の学校側のクレーム回避策として,
どこの学校かわからないよう制服を毎年変更するというのはどうだろう。
今年は赤,来年はピンク,その次は緑・・・

本質から話がずれてきた。
もとい。


今回の自転車に乗った高校生から学んだことは,
自分の身は自分で守る,
事故や事件を自らが起こさないことはもちろんのこと,
巻き込まれないように,早め早めのリスク対策が必要だ,ということ。


ありがと,信号無視の高校生カップル。
posted by H.A at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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