2011年06月18日

人生のリセット

フェイスブックとかmixiなどのソーシャルメディアは、
時間と場所を越えてコミュニケーションでき、
うまく使いこなすことができれば、
面白い技術だと思う。

ただ、進学や就職や転職を機に、
人生をリセットしようとした場合、
この時空を超えた付き合いは、
自分の足をひっぱることになるのではないかなあ。

ところで、最近、内田 樹氏の「疲れすぎて眠れぬ夜のために」(2003)角川書店 を
読んでいる。
内田氏の本は初めて手にしたが、この発想と、理論と、語彙力・文章力は、圧巻だ。
そうだよ、そうだよ、そうなんだよ!と
なんだか腑に落ちなかったことを、うまく表現してある。

その中で「ほんとうの自分」というこを述べているくだりがある。
自分が探す「ほんとうの自分」というのは、客観的な自分ではなく、
将来こうありたいと思う自分でしかない。
著者は、中学時代のつまらなかった自分キャラを、高校入学時に捨て、
新たな自分を「高校デビュー」させたそうだ。
結局そのキャラは暴走して高校中退、となるが、
高校のクラス会では皆が高校で演じたキャラとして自分をとらえている(pp.184-190)。


つまり、
ソーシャルメディアでつながりが継続することは、
このように内田氏が行ったキャラ転換の実施が難しくなるという側面が出てくる。
順風満帆な中学、高校、大学時代を送った人はいいけれど、
そうではない(私のような)人間にとっては、つらいかも。

人生のリセットを、どこかでできる状態を作っていたほうがいい。
フェイスブックにあえて参加しない中高年もいるが、
その決断は以上のようなことを考慮しての英断なのかな、って感じている。

For a Hard Day's Sleeping Night.












とか言いながら、この内田氏の書籍の存在を知ったのは、
ツイッター・・・
posted by H.A at 09:07| Comment(5) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ほんとですね、私はの時代ごとにたぶん思われているいわゆる自分のキャラがたぶん違うので過去の知り合いとの再開は楽しい嬉しいとともに面倒くささを感じてしまいます。合わせて今の職場などの知り合いがからんでくるともっと面倒。無視もできないし…。
だからあえて相手のかたには迷惑な話しでしょうが、私が興味持った人(知らないけど)とのつながに利用してます。でも段々かえってリアルな現実と同じになってきてつまらなくなってきた感じです。
Posted by 粟屋和弘 at 2011年06月18日 11:13
どういうタイミングなのか、昨日、この新たなコミュニケーションの世界にこっそり出かけはじめました私です。

まだ何もわかりませんが、普段の生活でコミュニケーションとれる人って実はかなり限定的で、多数の知人たちとはなかなかコンタクトはなく、ひょっとすると葬式という人生最後のイベントまで会わないかも知れません。
そんな状況に変換もたらす可能性はあるのかなと……
Posted by みゼミ at 2011年06月18日 13:08
粟屋和弘さん
そうそう、一長一短ですよね。なので私はあまり、のめりこまないようにしております。
ブログは、こうしてわざわざ見に来てくださる人が読んでくれるので、ある意味気が楽です。

みゼミ先生
順風満帆な人には全く問題ないと思います。中高年になって利用するのと、現在高校生や大学生で既に使っているのとでは、捉えかたが違ってきますよね。
リセットしたい人、過去をあえて消したい人には、継続する人間関係は辛いかなと。
Posted by H.A at 2011年06月18日 19:52
確かに仰るとおりですね。
 
順風満帆に来ていない私の場合、
「よく更生したな」って思われてることでしょう(笑)
 
で、キャラを変えるってのは大変なこと。
 
6年間一貫教育の学校で、
中学時代にいじめられっ子だったのを、
高校卒業時には誰にも何も言わせないキャラに変えた私。
 
その力技について、自分で自分を褒めてやりたいです(笑)
 

マジ、大変でした…
Posted by HAPPYMAN at 2011年06月19日 01:03
HAPPY MANさん
以前そのご苦労をブログで拝読した私でさえ、現在のHAPPY MANさんが中学時代に「いじめられっこ」だったというのを認識するのは、「マジ、大変」です(笑)
Posted by H.A at 2011年06月19日 07:33
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