車好きの中年にとって、懐かしい車をいくつか。
まずはコスモスポーツ。
1967年のもの。

それからオイルショック後の不景気からマツダが持ち直す救世主だったという赤いファミリア。

続いて、1989年発売のユーノスロードスター。

それからル・マンでマツダが優勝した時の車。

最後にバブルの申し子のような、ユーノスコスモ。

これは無茶苦茶に贅沢な車でしたね。
これは、マツダ社員かマツダ社好きの人しか知らないかな。
(数人マツダ車好きの東京在住中年男子がいますね)
RX-7の撮影を失念してしまいました。
おまけに、私が退職後に発売された車は、よくわからなくて撮れず・・・
アテンザとかアクセラとか、粟屋の「あ」から始まった車名が多いのですが。
ところで、社歴を時系列に表示したボードを見ていて、いまさらながら気づいたことがあります。
遠い昔、私が大学4年生で就職活動をしていた頃、
マツダから内定をもらったよ、と言うと、
父が、「東洋工業か」と答えました。
マツダから東洋工業に社名変更したのは、1984年。
なるほど。

ロータリーエンジン開発部長だった山本健一社長(写真左)の顔や、
通産省から天下った古田社長(写真右)の顔など、懐かしいですね。
同期にもロータリーエンジンの山本社長に憧れて就職した技術系男子がいたものです。
それから懐かしいFORDの人たち。

ミラー社長(写真左)のおかげで、女性社員の給料は、人並みに近くなりました。
今のZoom Zoomマツダのマーケティング戦略を考えたのは、
フィールズ社長(写真右)。
当時のマツダは、ぺーぺーの私から見たら、
社内外ともどもグローバル化される感じがして、ワクワクしてました。
2001年の大リストラを経て、その後社長は日本人となり、
ついこの前のサブプライムローン不況の影響で、
FORDはマツダの株を手放しました。
マツダ内にあるリーガロイヤルホテルが運営するレストランは、
以前は青い目の人が多く、英語があふれかえっていたけど、
今は英語を話す機会もなくなった、とのこと。
国内販売は17%で、輸出が多くを占めるマツダ。
玉木宏にも、頑張ってほしいものです!
大和ミュージアムもオススメ。
その際は、アレンジ&接待しますよ。
ヨボヨボになる前にぜひ。