2006年01月16日

女心と人生のビジョン

先週末、人事院からの依頼で女性国家公務員の三日間の研修会の最後のコマの講義を
受け持たせていただいた。
私に科せられたテーマは“元気が出る講演”・・・
うーーー、そんな講義があったら私が聴いてみたい( ̄‥ ̄)
と思いながらも、1時間半つばを唾しながら、皆様と討議を交えながら進めた。

対象は30歳から45歳までのなんらかの役についた方々。
多様な省庁からこられているので、仕事もイロイロ。
独身の人、既婚の人、子育て中の人とまた事情もイロイロ。

皆さんの共通の悩みは、未知なる部署に配属される時の不安、家庭と仕事の両立、後輩との人間関係など。
で、「将来のビジョンが描けない!」という大テーマに行き着いたわけです。

もともと就職の際に、一生働きたい、男女の区別無く働きたいという、就業に対して高い意識を持っておられた方々。
5年勤めて、結婚退職(* ̄ノO ̄*)おほほ と思っていたアタクシとは心意気が違うわけです。
しかし、仕事の経験をつみ、人生の酸い甘いを味わい、なんとなく人生も半分近く、
もしくは折り返し点を通過した今日この頃となると、なんだか先も見えてきて、
ボワンとなんだかなあ、と思うよう。
発言されるごとに皆で「わかるわかる」。

独身だと自由だけど不安。
既婚だと安定してるけど不満。
「幸せになりたい!」が、「幸せ」の定義は分単位で形を変える。
「結婚」が幸せではないこともとっくに知っている。

そうはいえ、多くの憧れの「国家公務員」。
贅沢な悩みだといわれても、満たされないのだから仕方ないのです。
講義は茨木のりこの「自分の感受性くらい」という詩と、
マッキーの「僕が本当に欲しかったもの」の歌詞を引用しながら、
「○○○○○○○○○○○○○○○○○・・・」というあたりに落とし込んだのです。
(この○○○○○○・・・は企業秘密ということで)

「幸せになりたい」と思って、たくさんのモノを手に入れ、
手に入るともっとほしいと手にいれ、
気づくと指の間から大切なものが零れ落ち、それが「満たされなさ」になっているよう。
イケイケドンドンで得ることばかりを考えて努力してきたこれまで。
「いい大人」になった今は「忘れる」「捨てる」「気づかない」
そんな生き方が課題なのかもしれないにゃ〜。
posted by H.A at 20:52| Comment(2) | TrackBack(0) | お仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先日、その講師の講義を聞いていた者です。同年代に向かって、それも抽象的なテーマで講師も大変だなあと、同情しました。ただ、家庭と仕事とお勉強と3つを
こなしているパワフルさは話の端々に感じましたし、元気をもらいましたよ。ところで、このセミナーで知り合ったみんなで、
また、集まろう、なあんて話が出ています。粟屋さんもよかったら、いらっしゃいませんか?
Posted by よっしー at 2006年01月24日 13:09
コメントありがとうございます。
集いの話、いいですねえ。時間があえば、ぜひ寄せてやってください。下記のHPにメールアドレスがあるので、そこにご連絡いただければ助かります。

http://www.hijiyama-u.ac.jp/users/awaya/index.html
Posted by ひとみ at 2006年01月24日 20:23
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック