2016年12月31日

おにぎり:2016年もありがとうございました

大晦日イヴには、心の友と共に、鯛の鯛へ。
鯛の鯛の2016年最終日に、最期まで粘る客として有終の美を飾ってきました。

友人との深い話、たわいのない話、突っ込んだ話、
お酒も話もはずみました。
最後の最後に女将におにぎりを作ってもらい満足満足。
IMG_2783.JPG

暮れていく2016年に感謝感謝、
そして、いつもあなたに感謝しております。


こうして仲良しの友人と、このような楽しい時間を持ち続けることができるよう、
2017年はもっと負荷をかけて頑張りたいものです。

私、抜かりなく。
posted by H.A at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

我儘とは何か、自由宣言

幼い頃より「我儘を言うな」と育てられてきた。
それにしても我儘とは何だろうか。

辞書的には(goo辞書によると)
我儘は
@[名・形動]自分の思いどおりに振る舞うこと。
 また、そのさま。気まま。ほしいまま。自分勝手。
 「我が儘を通す」「我が儘な人」
A[連語]《代名詞「わ」+助詞「が」+名詞「まま」》自分の思いのまま。

自己主張をすることが我儘であるならば、
我儘は悪いことではない。

和を重んじる日本文化は、他者とことなることをすることを
悪しきものと阻害してきた。
国境を越えた生活が日常となる現代では、自己主張をしないことは
不本意な結果の連続を良しとすることを意味する。

他者を傷つけたり、誰かを貶めたりしての自己主張は我儘を超越して悪事であるが、
自分の責任において、ある程度の規律をもって、自己主張し自由にふるまうことは
あるべき姿だと思う。

冒頭の子どもに向かっていう我儘、
これは親の意図と反することを子どもが主張した時の親の禁じ手だ。
ロジカルに考えれば使わないほうがよい。
しかし、恐らく多くの大人が、「我儘を言うな」と言われて育ってきている。
世の中は不条理であることを幼くして学んでいるのだろう。

私は、ここまで大人になったのだから、
我儘でありたい。
そしてそれに相応する責任はちゃんと果たすことで、自由でありたい。

2017年からは自由人間として生きます。
(今までも十分に自由奔放ではないか、という声も聞こえるが、
 これでも嫌なことも耐えてきたのですよ、義務とか慣習に束縛されて)
posted by H.A at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 追想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする