2016年12月19日

研究するということ

大学の教員は研究者である。

先般、大先輩の先生の、大学で学ぶということや、
科学や理論とは何か、のような講義を拝聴した。
whatではなくwhyを追及する学問は、当然、問題意識から始まる。

ぼーっとしていて、突然研究できるわけではない。
何かを論じるとか、発見するとか、創り上げるという研究には、
長いストーリーがあると思う。

さて、遅ればせながら「あの日」(講談社 2016)を読んだ。
小保方晴子さんの書籍だ。
研究者としていろいろ考えさせられる重い内容だった。

同書籍が発刊されたときは、単なる彼女のこれまでを述べただけではないか、とか
独白本だなどと言われていたが、
読んでみると、研究をするに際しての問題意識や、その発展の様子が
自身の人生というか研究歴とともに書かれている。
よって、彼女が自らの研究について書くのであれば、必要な内容だと私は思う。

研究機関をいくつかわかり歩いたがために(これは研究者として仕方のないこと)、
研究の所有権が分散し、師匠も複数になり、板挟みになった様子がよくわかる。
もちろん、彼女自身も詰めが甘いところがあったが、
意見を言う場を与えられなかった彼女にとっては、こうして本にするしかなかったのだろう。
まだ若いし、優秀であるようなので、ぜひ海外で研究をなさったらよいと思う。

もしかしたら他人事と思っている私たちも、
いつか「あの日」が来るかもしれない。
その時、どうするか。
posted by H.A at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする