12月のJAL機内では、かまやつひろしの「我がよき友よ」を聴くことができる。
(作詞は、吉田拓郎ですってよ)
そこで歌われているようなバンカラな、学部時代の友人に久しぶりに会った。
(大学は違いますのよ)
バンカラといっても、新人類と言われたバブル世代ですから、それなりなバンカラ。
仕事や家族や社会情勢や老後のことなど話は尽きないが、
友人が電車の中で耳にした若者の会話について、盛り上がった。
若者の会話とは、別れ話をメールですませた、というもの。
なぜ、そういったことをメールで安易にすませてしまうのか?という疑問。
我々は生身の人間としてコミュニケーションをとっているわけだから、
活字情報のみで、そういった大事なことをすませていいのかと。
会ってちゃんと言うか、せめて電話だろうと。
別れの言葉を言い出そうとするけれど、相手の顔を見ると言い出せないその空気。
それでも勇気をもって別れの言葉を口にした後の、
相手の困ったような驚いたような怒ったような、それでいてほっとしたような表情。
(当然、自分が別れを切りだされるという反対の場合もありますわよ。)
そういったものを、ちゃんと受け止め感じるのが人生だろうと。
と、盛り上がりながらも、
食事した和食屋さんにあったドリンクオーダーシートに夢中になる新人類。
(折おり@赤坂
http://r.gnavi.co.jp/ori/)

タッチペンで該当の飲み物の箇所をピッとすると、オーダーできるという代物。
焼酎やウイスキーだと、タッチペンが、
「飲み方はいかがしましょうか?」と聞いてくるので、
ストレートとか水割りとかを選択してタッチ。
面白いので、ガンガン頼む。
(当然、のみほーね)
お料理を持ってきたスタッフの方が部屋にいる時も、ピッ、ピッとしているので、
お店の方より「直接ご注文くださってもいいのですよ」と言われたほど。
活字情報の限界を声高に叫ぶ生身の人間でも、目新しいものが気になって仕方がない。
なにせ、新人類ですからね。